他者との対話による囚われを誘発する思考から派生する感覚過敏

あなたは人といることに苦痛や疲労を感じて困っていませんか?

人といると疲れる話した後はグッタリするということはないでしょうか?
私はいつもグタグタになるので、積極的にはあまり人と関わらないように
しているのですが…

 

話してるときはまだいいのですがその後に疲れがどっときてしまいます。

 

特に他人に良くみられるようと頑張ってるわけでもなく、良く見せようと思って話して
るわけでもないのに疲れてしまいます。

 

それは顕著に日常のルーティンにも弊害が出ます。

 

例えば、その日の夜はシャワーを浴びる時間が長くなったり、歯磨きをする時間が長くな
る、その他日常の無思考でできる営みに余計時間がかかってしまいこれもまたストレスに
なります。

 

私も今だに自分にあった良い対処法というのは試行錯誤している段階ですが私なりの見解
や囚われないようにする考え方をまとめていきます。

勝手に浮かぶ囚われを誘発する思考と感覚過敏はセットで考えよう!

あなたもご存じだと思いますが、神経質の人が陥りやすい思考について簡単に触れること
にします。

 

それは、意図せず次から次に浮かぶ考えや映像や音だったりや不謹慎な考えだったり多種
多様に湧き上がり頭から離れなくなり悩まさせるような思考や観念または想念などです。

 

これらの思考は普通の人でも起きてる間に1日に5万もの意図せず思い浮かぶ思考がある
と言われているようです。

 

しかし、多くの人は特にこの種の思考に囚われることなく日常生活をおくることができる
のですが、神経質気質の人はなかなかうまくいきませんね。

 

神経質気質の人の場合、こららの思考はダイレクトに不安や不快なイメージを誘発してし
まいそれに伴いこれらが強くなればなるほど感覚過敏に悩まされるような気がします。

 

例えば手が届く範囲のところに嫌悪感を感じる雑巾があったとします。

 

観念に囚われてときは五感を正常に使えていなと思うので、雑巾に手に触れたと思い込んで
しまい思考が感覚過敏のような状態を作っていると思うのです。

 

思考が駆け巡ってる時点で脳は平常時と違い騙されてる可能性が非常に高いです。
なぜなら本当は雑巾に触れた、触れないはもっとシンプルに判断できるはずだか
らです。

 

先述した五感ですね。なのですごく難しいのですが、感覚過敏で同じ考えに囚われているな
と感じたら、一度深呼吸するなりして五感に意識を向けてるクセをつけることが大事だと思
います。

 

一日5万回もある勝手に思い浮かぶ思考はなぜ多くの人はやり過ごせるのか?

 

思考があること自体は異常ではないのですが、なぜ神経質気質の人は過剰に反応してしまい
囚われてしまうのか…

 

もともと持った気質や遺伝と言ってしまえばそれまでなのですが、一般的には神経伝達物資
(ホルモン)であるセロトニンの不足と言われています。

 

しかし、これもまだ仮説段階なのでハッキリしたことがわかっていないようです。

 

じゃあ一体何なのか?

憶測ですが、同じ観念だとしても人それぞれ感じ方が違うのは情報の取捨選択ができないの
ではないかと思います。

 

例えば、

 

歯を磨こうと洗面所に行き、歯ブラシに歯磨きペーストを取ったときにその日の昼に友人と
旅行の話をしていて昼にイメージした風景が浮かび上がったまではいいのですが。

その昼にイメージした風景に派生して他の映像や周りに居た関係のない他人の話の内容や
その人たちの顔特徴などが浮かんしまうようなときです。

 

そして、それが頭から離れなくなってしまってそこから何かまた別の思考が入り込み
頭が混乱してきてしまうような状況です。

 

本当は歯を磨くという営みだけを行えればいいのですが、歯を磨くという営みを妨害するよう
な思考が入り込んでしまい、またそれを阻止する機能がないのでそこに囚われてしまい歯磨き
に時間がかかりすぎてしまったり、物事が散漫になるのと考えます。

 

やはりこのように目的の営みをするために、気持ちの切り替えを瞬時にできないのは脳の構造
が少し違うように思います。

 

思考を思考で丸めこめば暴走は止められなくなるのはなぜ?

思考に限らず勝手に思い浮かぶ不快な感情やイメージをコントロールしようとすればするほど
囚われてしまうのは、嫌な感情であっても自然発生的に浮かぶものだからです。

なのでこれを無理矢理打ち消そうとすると余計苦しめられる事になります。

 

自然に湧き出てくる不快な感情は何か新しいアクションを起こすときは特につきものだと思い
ますが、一種の自己防衛的な反応だと思います。

 

自己防衛が働いて思ってもない不快な感情やイメージが繰り返される度に、抗って打ち消そう
とすると自己防衛の準備がなされれることがないままの状態で放置されるので潜在的に不快な
感覚が暴走するだと思います。

 

自分でも何を書いてるのかわかならくなってきますが、とにかくひとまずそのままにして放っ
ておく、その感覚をそのまま感じてやり過ごすというのも場合によってはいいのかも知れませ
ん。

 

私は人との関係でグッタリと疲れたら日々の営みが疎かになったときはとりあえずそのまま過ごす

先述したように他者との関係で起こる疲れにより、シャワーや歯磨きなどの営みの時間が長く
なることに関してですが、そういう日があってもいいと考えることも大切だと思います。

 

シャワーや歯磨きに時間がかかりすぎてしまう自分はなんてダメなんだと、決して責めない
ことです。

 

自分を責めるような考えを持っていると自分を責めることにつながります。

 

先述しましたが、抗えば抗うほどこの威力は強力になってくるので扱わず放って置くという
ことも時には必要ではないかと思うのです。

 

自分を責めると「〇〇すべきだ」や「〇〇しなければいけない」というような風になり自分
の首を絞めて負のスパイラルに陥ってしまうことないですか?

このように負のスパイラルにどんどん陥る可能性があります。

 

そういう意味でももっと自分を大切にしてみてください。

行き過ぎた潔癖症は不潔まっしぐら!物の処分と部屋を掃除しよう!

最近潔癖がひどくなったと感じることはありませんか?

潔癖傾向があると自分の聖域以外はすべて汚いと感じてしまいがちですね。自分の聖域が
ベッドだとするとそこから出られなくなるなんてことにもなりかねません。

 

私も一時期部屋がゴミダメに近いような状態になったことがあります。

やはり潔癖から来るもので汚いと感じた物には触ることができないので、どうしても外か
ら持ち帰った物は触れずに埃がかぶりやがてはチリになるのです。

 

HIVノイローゼが酷かった時期で消毒行為がピークだったとき、「赤=血液=HIV」
という公式が成り立っていたのでいろんな物に触れなくなりました。

 

掃除道具に触ることもできないので、使い捨て手袋をして掃除をする更には使い捨て手袋
のパッケージはもちろんその手袋も消毒するようになるとメンタル的にも悲鳴を上げはじ
めました。

触れた物がどんどん汚染されていくような感じで過ごしていました。

 

掃除用の服を用意するも、今度はそれを洗う洗濯機も汚れるということで躊躇うようになっ
てきました。

 

まあ、それでもよく外出はできたなぁと思いますが…

 

あなたもこれに近い状態、もしくわ私よりひどい状態で悩んでいませんか?

 

更には自分のベッドが聖域でそこで、排泄物をしているという方はおそらくPC、スマホ、
タブレット端末も触れない可能性が高いのでこの記事を読んでいる可能性は低いと思いま
すが…

 

この記事では潔癖に拍車をかけ始めて、なんとか修正したいと思ってるあなたに参考になる
ようにまとめていきます。潔癖症の私が(今も)どうやって掃除をしたかをまとめていきます。

 

ただ、最終的には自分の意志で片づけないと同じ事を繰り返すと思います。
今はまだその段階ではないという場合はここから先は読んでいただかなく
て結構です。

 

メンタルが余計病んでしまうので掃除は絶対した方がいい!

 

今部屋がとんでもない状況になっているという場合は心のバランスを保つためにも時間を
かけてでも掃除をした方がいいです。

 

私のように賃貸物件で破壊行為にまで及んでいると、時間も労力もかなりかかり大変なの
ですがそれでも今のままの状態でいても物事は好転していきません。
潔癖症で苦しむ人は心のどこかでそう思っているはずです。

 

散らかっている部屋に居つづけてもメンタルは病んできて、いいことがないのはあなた
自身もわかっていると思うのです。

 

また、散らかっている状態だとといろんなものに気を取られてエネルギーもどんどん消費
してしまいます。

 

そして、このような環境では慢性的に負のスパイラルに陥っているのでゴミはその辺に捨
てるというのが習慣化してしまい、ベッド以外は汚れていていいなどという考えになって
きてしまうことでしょう。

 

なかなかこの状態から抜け出すのは難しいですが、どうかあなたが綺麗な部屋で生活して
いるイメージをすることに思考することだけを意識していただきたいのです。

 

イメージするのが難しいならモデルルームなどの画像をあなたがよく居る場所の
目がつくところに貼って、毎日5分でも見続けることからはじめてもいいでしょ
う。

 

もちろんハードルが高ければ3分でも1分でもいいと思います。
とにかく部屋がキレイになるイメージできる時間を相対的増え
ればいいのです。

 

このようなことも一種の良い習慣化だと思うので、良い習慣に触れる時間が長くなれば
なるほど良い物を取り入れる素地が出来てくるはずです。

 

少しでもいい流れに乗れるようにカンタンなことから一歩を踏み入れてみてください。

 

なぜ掃除をする必要があるのか?

 

掃除をする理由は極めてシンプルです。
きれいな部屋で過ごす方が居心地がいいからです!

 

ここでいうきれいの意味は肉眼で確認できないような細菌の話ではありません。

 

この記事を読んでるあなたらな理解していただけるはずです。
そう、見た目の問題です。

 

見た目と細菌のバランスをとったほうがいいという話ですね。

 

ゴチャゴチャした部屋からきれいに片付いて整頓されている部屋の方が気持ちがいいと
思いませんか?

 

あなたも心のどこかでは本当はきれいにしたいと思っていないですか?

 

んん、そうだけど、でも、やっぱり………
というのはよくわかります。

 

もちろん、あなたに物を捨てて掃除をしろ!という強要はしないでの安心してください。

 

掃除をしないとウジ、ゴキブリ、ヒメマルカツオブシムシが部屋中に!

 

物で散乱して掃除が行き届かないと部屋の環境にもよりますがウジやゴキブリなどがわ
いてきます。

 

私の家にはヒメマルカツオブシムシと思われる物が大量発生しました。

 

虫と聞くと余計萎縮してしまうかもしれませんが、卵が孵化する前に何とかすべきです。
それこそ衛生上も健康上も良くないのですから。

 

その害虫にとって禁忌となる成分の殺虫剤などで処理することになります。
私はいろいろ調べてヒメマルカツオブシムシっぽいということがわかり該当
の殺虫剤を買ってきて処理しました。

 

もしそこまで調べる余裕がないとう場合には業者に電話で相談してみるのもありかと
思います。

 

潔癖症の私が部屋の掃除をして綺麗になるまでの話

 

先述したように掃除する過程であなたも以前の私のように困っていると思うのです。

 

ゴミ袋の山、塵埃で埋め尽くされた数々の物、段ボールが散乱してる状態の部屋
では余計心は病んでくるし、荒んでくると思うのです。

 

実際私も今より病んでいて荒んでいたのでイライラのストレスで物に当たりどん
どん部屋の壁など物が壊れていきました。

 

賃貸物件で部屋の壁、キッチンの扉、風呂の扉のシボ加工のプラスチック製の板…etc
ありとあらゆるものが見事に壊れていきました。

 

自分でもこれは、ヤバいと思いつつも止められなかったのです。

 

キッチン扉は原型もないぐらい壊れていました。メンタル的にはもちろん体力的にもかな
り疲弊していました。

 

でも疲れと同時に飽きもあったのかも知れません?!ちょっとづつでも軌道修正したいと
思うようになり不要な物から処分が始まりました。

 

確認壁もある私なのでゴミ捨ても一苦労でした。それでもめげずに6カ月ぐらいはかか
ったと思いますが何とかやり切りました。

 

しかし、まだ終わってないのです。それは部屋の修繕です。

 

業者や管理会社に直してもらうと高くつき、場合によってはピンハネされる可能性もある
ので自分で修繕することにしました。ネットで調べてホームセンターで色んな材料を買い
あさり工具を使い修繕しました。

 

 

「Do it yourself」好きな人にとっては趣味感覚でやる人もいるようですが、私は仕方なく
やったので大変でした。

 

当たり前のことですが、ゴミ屋敷及び部屋の修繕ではムダに膨大な時間と労力が損失すると
いうこととムダに修繕費がかかるということを身をもって学びました。

 

掃除と修繕に大変な苦労をしたので身辺の整理、物を壊さないように大事に扱うという気持ち
が強くなりました。

 

神経質気質の人全般に言えることですが、潔癖症も酷くなればなるほどやはりいろんな物が
犠牲になるのです。

 

片づけやすいものから処分しよう!

片づけやすい物として、家庭ごみが最初に挙がってくると思います。

 

何年前かに買った清涼飲料水の空いたペットボトルだったり、紙のパック、コンビニ
弁当の容器など、段ボールが山積みになっていたり…

 

食品の空いた容器はすぐに捨てるようにしましょう!

 

私もそうでしたが、ゴミ捨てにも確認壁がある場合は時間がかかってもいいので、一日
1袋はゴミをまとめるなどという目標をもって焦らずひとつづつ片づけましょう。

 

目標がなければほんの少しでもきれいな部屋で生活してみよう、きれいな部屋で過ごせ
れば今よりどれぐらいスッキリするだろうと、先ほどの例に挙げたモデルルームなどの
画像を少しづつでもイメージしてみてください。

 

そう思いつつも何か大事なものが紛れてないかという観念も襲ってくるでしょう!
それでもいいのですよ。

 

出来ない日があってもまた続ければいいのです。あなたの理想をイメージして
渋々でもやってみてください。

神経質の人が陥るHIVノイローゼの加害者的観念の視点

HIVでもないのに他人にHIVを感染させたのかも知れないという感情で苦しんでいませんか?

飲食店での例を取り上げてHIV感染の被害者的の観念についてもまとめましたが、この
記事では加害者的な観念を持ってる人の視点でまとめてみたいと思います。

 

物理的なことも含めて危害を加えてしてしまったのではなかという観念や想念はもちろん、
自身がHIVウイルスを保有してる訳でもないのに、他人に対して自分の唾液や尿などでHIV
に感染させてしまって罪悪感に苛まれるようこなことないでしょうか?

自分を責め続けてしまい、メンタルが参ってしまうことをお察しします。

 

私自身はこの加害者的は観念はほとんどありません。

医療機関に行ったときに目の前の医師に向かって「お前はヤブ医者だ!」なんてことが
頭に浮かぶことがあり苦しむことがあります。

 

余談でしたが、

 

ここでは危害を加えたのではないか?という私の知人の苦しんでる内容を書いていきます。

彼も苦しんでいますので、飲食店で働くスタッフはもちろん客として行く場合でもあなた
の参考になるかと思います。

 

五感で感じる意識を常に持つこと!たぶんこれしかないと思う!

五感で感じるという意識を持つということは簡単そうで実はとてもむずかしいことです。
なぜならそれができれば誰も苦しまないからです。

五感のみで生きることできれば煩悩を産まないでしょう。
お坊さんでもそのようなことは出来ないので日々修行に勤しんでいるのです。

 

人間無意識でやってることが90%以上とも言われています。汗をかいたり、体温を調節
したりするのも私たちは意識してやってるわけではありませんね。

 

なので、呼吸するときでも鼻から空気を吸い込み口から吐くということを五感を感じなが
らするということは大事なことだと思っています。

 

イライラしていたりするとハァハァハァハァと呼吸が浅く、そのイライラに囚われていて
冷静に判断できない状態ですね。

 

イライラしたりするのは人間の性ですからある程度はあるでしょう!
その上で微かな感覚でも、

 

「今自分はイライラしてるとから呼吸を丁寧に行おう!」

 

と意識できるようになると日々の雑事なども丁寧になってくるはずです。
ひとつひとつの営みを丁寧にできると、

 

「他人に危害を加えてしまったのではないか?」

 

と悩まされることも少なくなるはずです。

 

飲食店でHIVの加害的な観念のある知人のエピソード

私の知人は飲食店勤務が長いのですが、彼は昔アルバイト先で皿洗いをしていて指を切っ
て出血したらしいのです。

 

そのときには絆創膏を当ててそのまま皿洗いを続けたらしいのですが、それからしばらく
してから公共広告機構か何かのHIVのTVコマーシャルを見たらしくそこから飲食店で手を
切ったのがリンクしたらしいのです。

 

加害者のように悩む人は自分よりも他人という意識が強いようで、とても良心的な彼は気
が滅入ってしまったようです。

 

それからというもの何とか仕事は続けてはいるものの(今も飲食店勤務ですが)2年ぐら
いは赤いものは血液であり「血液=HIV」と方程式が成り立ったようです。

 

料理を提供する飲食店で、お客様に自分の血液を口に入れてしまってHIVに感染させてし
まったらという不安がすごく強いようです。もちろん彼はHIVではありません。

HIVウイルス保持者でもないことは彼は十二分に理解しているのですが、その観念や想念
に苦しめられています。

皿洗いやホールスタッフや調理といろんなとこで経験を積んでいるので、今はほとんど
食材の仕入れや指導することがほとんですが、もちろん調理もすることも多くやはり自
分が作る料理は特別神経を使うようです。

 

手を頻繁に見るくせがあり、彼には手を見るという神経回路が構築されているようです。
また、これとセットで時計を見るくせもあるようです。

 

手を見た時にアナログ時計の場合4時ジャストと9時ジャスト、4分と9分のとき
とにかく4と9が含まれるときの時間、秒針が4と9を回ってるときは5回手を見
ないと落ち着かないと言います。

 

デジタル時計の時も同じく4と9が表示されているとやはり5回手を見て出血がない
か確認するようです。

 

5回見るという行為で不安を緩和して安心を買っているようです。

 

自分が人に何かしてしまったのではないか?彼が他の飲食店に客として行ったときの観念

私はこの飲食店勤務の彼と他の飲食店に客として行ったときにも、危害を与えてしまうの
ではないかという観念に悩まされていました。

 

ブッフェに行ったときのことです。ブッフェはご存じのように予め提供されている料理を
好きなものを好きなだけ皿に盛るというバイキング形式のスタイルですが。

 

ここでは彼は何に気を使ったかというと、パスタを掴むトング?、菜箸、お玉…etc
自分が触る、もちろん他の客も触るものですが、これらににも異常なまでに神経を使
っていました。

 

触る前には必ず自分の手を見て出血が無いかの確認、併せて先述した時計の秒針の確認
と毎回繰り返されていました。

また自分の勤務する飲食店と勝手が違い、客という立場になったせいか普段と環境が変
わることによりストレスがたまったのでしょう!

 

どういうワケか普段出ない観念も派生して出てきたようなのです。

 

自分の触ったトングなどにもし血液がついていたらここにいる人たち全員が自分の家に
押し寄せてくるという恐怖感を感じたようです。

 

その不安を払拭するために不安を緩和する行為として自分が触った物はすべてまっすぐ
に置いたと後で聞きました。

 

この件はこれで済み、自分の働く飲食店では他の観念も派生することはないようですが、
やはり本人は疲れるいるように見ていて感じました。

 

飲食店で加害者なのではという観念でHIVノイローゼに悩まされたらどうすればいいのか?

加害者のような気分の観念の場合も被害的な観念で挙げたように健康に保つことが大事
だと思うのですが。

実際に飲食店での加害者のような気分のHIVノイローゼは私自身はないのでわからないの
です。

 

考え着くことはやはり他者にHIVや肝炎のウィルスを感染させることに極度の不安や
罪悪感を感じるようですので、手を切らないようにすることが一番と思います。

 

深爪をして手を切ったり、水仕事が多いとささくれ、冬場などは乾燥で切れやすくなる
のでハンドクリームを塗って日々ケアをするなどを普段から習慣化することで少なくて
も乾燥からは防ぐことができます。

 

また、被害的な観念とは違いこのケースにおける加害的な観念は意識的に感覚に注意を
向けることができる点で先述した五感をフルに使うということが望ましいと考えられま
す。

 

例えばですが、先述したように出血がないか手を観察することなのですが、ここで思考
を入れないことです。難しいのですがここで思考してしまうと不安を払拭することに躍
起になってしまい何度も確認してしまうということを繰り返してしまうからです。

 

なので、視覚で観察する。同時に五感を使って手をこすってみるのもいいと思います。
なぜなら少しでも指に血痕がついていると指紋の溝に入り込み多少なりともざらッと
した感触があるからです。

 

そして、出血した直後であれば少し粘度があったりしますね。どちらにしても肌で感
じることができると思います。

 

五感で感じようと意識することも大事だと思うので一瞬でも五感に意識を持っていく
ようにイメージしてみてください。

 

惰性で確認を繰り返さないためにも、今なぜ、指を見るのか、なぜ指をこすり合わせる
のか意味づけをしてみるといいかも知れません。

 

「意味づけと+五感」です。

神経質の人が陥るHIVノイローゼの被害者的観念の視点

HIVに感染してるのでは?という考えに囚われてしまうことはないですか?

HIVなどのウイルスに感染したままた気づかずにいると、やがてエイズになり重篤な症
状が出たり生命を脅かすようなことになりかねません。

 

これは周知の事実ですが、医学が進歩してるのも事実です。現代ではエイズは慢性疾患
として捉えられるようになったからです。

しかし、私たち神経質な人にとってはウイルスや感染症などを過剰に恐れることもある
でしょう。世の中で知れ渡っている事実を大きくかけ離れたところに、各々独自の独特
な理論があるからです。

 

例えば、あなたが飲食店に行って困ることってどんなことがあるでしょうか?
被害者的な観念か加害者的な観念か?、両方持ち合わせているか?

 

どちらにしても苦しいのですが、ここでは私の体験談を元に問題の解決、ヒントになる
ようなことをまとめていきますので、参考にできるところがあればどうぞ活用していた
だければ幸いです。

 

飲食店に行けばというか、自宅(自分の部屋の聖域)から一歩でも出ればそれは
トリガーなることは間違いないでしょう!?

 

自分の聖域ですら様々な観念に悩まされるのですから…

外出で囚われてしまうのは致し方ないことで、あなた自身を責めるようなことはしない
であげてくださいね。ストレスがかかるとメンタル的に余計ひどくなることもあるので、
まぁこんなものかぐらいに思っていてください。

 

気にし過ぎてもきりがない!大丈夫と信じよう!

大丈夫と信じるとは根拠もなく気休めにもならないと思いますが、次から次へと襲っ
てくる不快なイメージ、不安などの観念で押し潰されそうになり立ち往生することは
ある程度仕方がないと思います。

 

ここで、HIVノイローゼに関しても何か自分自身の中にある理論や感じ方やマイルール
によって不安を打ち消すために、不安の都度抗体検査を受けるのは現実的ではないで
しょう。

 

HIV抗体検査は全国の保健所で無料、匿名で受けることができますがあまりにも無料と
言っても不安の都度検査していたら精神が持たないでしょう!

 

そして、地方都市の場合などは保健所の職員などに顔を覚えられることも容易に想像
ができます。

 

私自身も不安になり2回受けましたが、不安は消えることもなかったのです。
むしろ受ければ受けるほど不安になると思います。

 

なので、先述したように抗体検査をしたのならなんとなくでも「大丈夫だろう?!」
と思うようにする意識を持つことも精神衛生上寄与してくれると思っています。
検査は受けても上限3回までにしといた方が個人的にはいいと思っています。

 

飲食店ではHIVノイローゼのトリガーを誘発しやすい!

飲食店での観念はキャベツの千切り(とんかつ定食などの付け合わせ)などは個人店舗の
場合はほぼ、人間の手によってカットされるでしょう。

 

そうすると、これHIVウィルスまみれじゃないか?という観念に襲われてしまうこと
もあるでしょう。

 

千切りをしているうちに軽く指を切って出血に気づかないまま付け合わせとして出され
たものではないかと思考が止まらなくなることもあるでしょう。(私も気になります)

 

仮にキャベツをきざんだ人がHIVウィルス保持者であっても感染力が弱いHIVでは
はうっすらと僅かにキャベツに着いても感染しないことは私もわかっていたのですが。

でも、これは神経質じゃない人でも気持ちが悪いですね。
ただそれ以前に普通の人はそんなことを考えて食べないでしょう!?

兎にも角にも外食をしてもいろんな考えが交錯して正常な判断がしにくいと思います。

 

また、この件とは別として飲食店ではトマトジュースを扱っている店もあります。
他の客が注文していて、店員がそれを運んで来たのを見てHIVジュースではないだろう
かと思ってしまったこともありました。血液に見えてしまったのです。

他人の咳、くしゃみはHIVウィルスをまき散らしている!?

どこに行っても咳、くしゃみをする人はいて気分が悪いのですが飲食店では特に腹が立ち
ますね。

見ていると口を押えることもしない人もけっこういて、イヤな気分を引きづったまま食事
をすることもあると思います。

 

HIVウイルスや肝炎ウイルスは唾液では感染しないと言われていますが、
唾液にもこれらのウイルスは存在しています。

 

なので、回し飲みや箸は別でも同じ皿を共有していると皿を介してウィルス保有者
の唾液が自分の口に入ることはあります。

 

この程度ではほとんど感染はしないという人もいますが、口内炎などで炎症があった場合
感染の確率することもあり得ると思います。またそもそも口腔内は粘膜なのでバリア機能
がなく危ないではないかと思ってしまいます。

 

一般的に上記のようなことで感染しないと言われているは、恐らく粘膜ではあるけどその
粘膜に触れても感染することはないぐらい微量なウイルス量だからということだと思います。

一般的には大丈夫と言われているのかも知れませんが、常に口内炎にかかりやすかったり、
歯周病を患ってる場合の感染率までは正確な統計がないように思うから不安になるのです。

 

私は口内炎もそれほど頻繁にできることもないのですが不安になってしまいます。

 

逆に咳やくしゃみをする側の人が口内炎や歯周病だとすると口腔内が出血してることが多い
ので、これらがないウィルス保有者が咳やくしゃみをするとウイルス量の多い唾液や痰をま
き散らすことになると解釈できます。

 

なので咳やくしゃみを飲食店内でされると条件がそろえば、他の客もしくわスタッ
フから肝炎やHIVに感染させられることもありえると考えてしまうのです。

 

たまにHIVに感染するような機会がない、身に覚えがないのにあり日風邪のような重い
症状が長引き近所のクリニックから大学病院などをはじめとするHIV拠点病院を紹介
されてエイズと判明することがあります。

 

こういうケースとは前述した条件が重なって起こるのではと私なりに勝手に解釈
してしまいます。

前項のHIVの感性の可能性の機会の事例を踏まえてどのような対策をとればいいのか?

HIVノイローゼという観念に囚われてしまうことはしょうがないのですが、ひとつ対策
としては挙げるのならば免疫力をいい状態に保つということだと思います。

 

もっとも不潔な状態に過剰に嫌悪感を感じる人は普通の人に比べると消毒行為などをして
いることが多いためそういう意味では免疫力、抵抗力は弱いといえるでしょう。

 

しかし、その代替としてサプリなどで栄養素を補ったり、あらかじめ予防として殺菌作用
のある成分のサプリを摂取するなどが現実的な方法と考えられます。

 

例えばオリーブ葉のサプリなどは殺菌作用があり、風邪予防などにいいとされています。
冬の乾燥してインフルエンザなどが流行り出す時期に服用する人もいるそうです。

 

かくいう私も冬場はオリーブ葉のサプリの摂取をしています。

 

私のいい加減で勝手な解釈で申し訳ないのですが、殺菌作用があるということはうつりや
すい風邪よりは感染しにくいHIVや肝炎ウィルスにはオリーブ葉で免疫力をつけておく
ことで多少なりとも予防になるのではと勝手に思っています。

 

また、ビタミンCも慢性的に不足している現代人にとっては摂取することは
意義のあることだと思います。

 

ちなみにHIVは平均10年の潜伏期間を経てエイズとして日和見感染などはじめ様々な
症状が出ますが、HIVウィルス保持者でも5%ぐらいの人はエイズに移行しない人もい
るようです。

 

HIVウィルスの保持者というだけで健康に生活しているのです。

 

これはやはり免疫力の違いなんだと思います。HIV保持者だけどエイズにならない人が
どのような生活をしてどのような食生活をしているかわかりませんが、健康という素地が
しっかりしてるのでしょう!?

 

なので、普段からケアして健康的な状態にしておくのが素地を作ることにつな
がるのではと考えています。

 

また、睡眠時間をしっかりと確保することも大事です。睡眠時間は人それぞれベストな
時間が異なるので、何時間寝ればいいとは言えませんが一度睡眠アプリを使いご自身の
睡眠傾向を知ることはヒントを得る上で大切だと思います。

 

ここでは食生活だの睡眠だのありきたりな対策になりますが、何かひとつでも
取り組みやすいことからでもあなたの生活に取り入れていただければ幸いです。

 

被害者的な不安と観念、私のエピソードHIVノイローゼ(今でも変わらない)

 

飲食店での被害者的な観念の前になぜ私が今まで対象外だった飲食店で、ある種の観念
に襲われるようになったのか触れたいと思います。

 

私は2010年今から10年前に泌尿器科に入院しました。結石治療だったのですが、入院が
長引きました。入院中はとにかく暇なものでして泌尿器科という科の特性上待合ロビー
などには性感染症の警鐘のリーフレットなどがありました。

 

パラパラと見ていると私の住む市で行われてる無料のHIV検査の案内やB型
肝炎、クラミジアや淋病など様々なポスターやリーフレットがありました。

 

「あぁ、なるほどね」みたいな感じで見ていた思うのですが、それからいつだったか
覚えていませんが、病院のシャワー室に血痕がありそれを踏んでしまった可能性があ
りイヤな気分に囚われたのがきっかけだと思います。

 

また、同じ病室にいた人でB型肝炎の人がいました。肝炎の方読まれていたらとても
イヤ気分にさせてしまうかもしれませんが、あの血痕はB型肝炎の人のものなんじゃ
なかろうかと不安がよぎりました。

 

それからというもの、もともとの神経質に拍車をかけるように不潔に対する嫌悪感は
ひどくなりはじめました。

 

退院後はウィンドウピリオドをしっかり開けてHIV検査、肝炎検査(B、C)
を受けて陰性なのですが、この結果は間違いってるんじゃないかという不安に
なり再度検査を受けました。

 

結果は陰性なんですが、身体は重くそれ依頼いつもHIVノイローゼに襲われる
ようになってしまったのです。

 

ここでは簡単に触れましたが、このHIVノイローゼについてはまた細かく別の
記事で書こうと思います。

すぐできる!不安や心配を伴う観念や想念と調和するテクニック

頭から離れずにいる不安や心配を打ち消そうと躍起になって泥沼にはまってないですか?

自然に湧き出る観念や想念などは思考で抑え込もうとしてもうまくいかないもですね。
あなたも経験あると思いますが、思考でコントロールすると更に不安な考えが冗長さ
れてしまいます。

 

ここではこの頭に浮かぶ嫌な考えをコントロールしない方法をご紹介します。
先に付け加えておきますが、不安と共存するのはとてつもない恐怖心が襲って
きます。

なので比較的調子のいいときに、時間を決めて行うのがいいと思います。

 

私もこの不快な思考が出ても打ち消そうとせず繰り返し行為も止めて、共存すという
スタンスを意図的に取り入れることがありますが、やはり体調や状態によっては未だ
に怖いのです。

 

なので、1分ぐらいからでもいいので無理せず生活に取り入れるといいと思います。

 

不快な観念や想念は誰にでもある!抗わずに放っておこう!

頭に思い浮かぶ嫌な想念や雑念は実は誰にでもあるようです。しかし、神経質気質で
ない人にとっては特に気にならないのでしょう!?

 

神経質じゃない人は、恐らく多くのことに気にも留めずに過ごせるので神経質
気質の人が不安や心配で潰されるそうなことでも平気でやり過ごせるのでしょう。

 

誤解のないように言っておきますが、神経質じゃない人を中傷しているわけでは
ありません。

 

話を戻しまして、私たち神経質気質の人たちは普通の人より繊細で感受性が高く敏感
なのでちょっとした不安でもそれを打ち消そうとしてしまうことでしょう。

ほんの少しの時間でも安心を得たいがために確認や繰り返しの行為をしてしまう傾向
があると思います。

 

これらの行為をやってる本人からすると辛く、どこかでバカバカしいと思っていても
止められないのもまた辛いとこです。

 

ここから本題ですが、どうやって抗わないようにするかなんですね。

私のひつのやり方として

頭の中で嫌な思考がささやき出してひとり歩きし出したら

・受動的→能動的
・淀み荒みのない無色透明なCD
・ラクに
・軽く
・コンパクト

 

これは完璧に私が不安などの不快な感情に出くわした時にイメージする合言葉のひとつ
なのであなたの参考になるかわかりませんが、少し解説を入れてみたいと思います。

 

受動的→能動的(徹底して五感で感じ取れ!)という意味で、
視覚、聴覚、呼吸などに意識を向けるということです。

 

ここで思考が優勢にならないようにという意味を込めています。

 

「淀み荒みのない無色透明のCD」
とは主に確認などの行為があるときに使うのですが、綺麗なCDディスクを
強くイメージすることで思考してるのを視覚にシフトすることで、思考を弱
める意味で使っています。

 

上記2つの五感という要素にフォーカスしたら方の力は抜けて、ラクになり
軽やかになり結果動きにムダがなくコンパクトな動作で動いているというよ
うなイメージです。

 

昔何かの本で読んだことがありますが、テニス選手(名前を憶えていません)いつも
フニャフニャとした動き(このへんの表現も曖昧ですいません)テニス選手ですがム
ダな力が全く入らないようです。

ムダな力が入らないのでピンチのときでも力まずリラックスしてプレイすることで
いい結果が残せるようです。

 

先述した例はあくまでも私のやり方なので、あなたに合うかどうかはやってみない
とわからないとこもありますが、使えそうなところがあれば使っていただければと
思います。

なぜ雑念は放っておいた方がいいのか?

あなたもご承知の通り雑念に抗って、不安を打ち消すような行為をして一時的な安心
を得たとしても、ふとしたときに先ほどの観念から派生してまた他の観念がが思い浮
かびまた不安を打ち消す行為の繰り返しになります。

超短期的な安心をしか得られないのです。そして疲労も伴います。

 

自分の意に反して思い浮かぶ不快な観念や想念などはもちろん気持ちの悪いことなの
ですが、それに抵抗して取ろうとしてもそれはエンドレスです。徒労に終わるのです。

 

「取ろうとすると徒労に終わる」のです!

 

なので、理論上は放っておくのが一番なのです。

 

もちろん不安や心配の渦中にいる際はそんなことも言ってられないのですが
頭の片隅に置いておいていただければと思います。

 

観念や想念を放っておかないと神経が余計病む!

私たち神経質気質の人は観念や想念に飲み込まれると没頭しやすいという気質もある
せいか、グタグタになるまでのめり込み日常生活に支障が出ることも日常茶飯事だと
思います。

 

今日この時間に勉強しようと思っていたけど、不快な感情から打ち消し行為に追われ
て疲れて勉強や仕事をする気にもならずに寝てしまったなどよくある話だと思います。

 

夜疲れて神経がピリピリした状態でベッドに入っても、寝れてるようで実は寝れてな
いなんてこともざらにあると思います。

 

自然に湧き上がる不安な感情や思い、イメージなどはある程度仕方ないのですが、
打ち消し行為をするこは本当はしたくもないことですからストレスになります。

 

人間ストレス化にあると自律神経という自らコントロールできない領域で交換神経
というのが優位に働きます。

 

この交感神経というのは闘争ホルモンなど言われるアドレナリンのようなイメージを
持っていただければいいのです。

 

交感神経は通常朝優位に働き夜は働きが弱くなります。

しかし、夜間帯に繰り返しや打ち消し行為で躍起になっていると寝る間際になって
交感神経が強く働くのでピリピリして睡眠の質が悪いということが起こり得るのです。

 

なので、できれば寝る間際にはリラックスした状態で少しでも質の高い睡眠をとって
いただきたいのです。

 

睡眠の質が悪いとホルモンバランスも乱れてしまいます。特に女性の場合はPMS
などの症状も派生することもあるので注意が必要です。

不安で不快なイーメジに囚われないためにも運動もした方がいい

私の経験では不安が強ければ強いほど基本的にはハードな運動が好ましいと思って
います。

 

うつっぽいのが良くなってきたときに朝のウォーキングなどはいいことだと思います。
不安なイメージなどが先行するとうつのような状態にもなる場合もありウォーキング
した方がいいケースもあると思います。

 

健康のためにもウォーキングは賛成です。

 

しかし、うつのような状態が伴わないが観念や想念が強い場合は考える余裕を与える
ようなウォーキングでは物足りないと思っています。

 

とにかく思考が極めて優勢なので軽い動作では色んな考えが交錯してしまう傾向が強い
からです。天気のいい日にウォーキングは気持ちいいと思いますが。

 

しかし、あまりにも不安や心配が強い場合には道に落ちている、どうでもいいゴミに気
を取られてしまいかねません。

 

私も比較的気分が落ち着いているとき外を歩いていて、道端に落ちているタバコの吸い
殻を見て自分の口入ったのではというイヤな思いにかられます。

 

口に入れば感触で解るはずなのですが、どうも入ったと囚われてしまうのです。
しかも私は常時マスクをしていて入りようがないのですが…

 

常識的に考えてもこの地球上で晴天時の無風のときに道に落ちているタバコの吸い殻が
重力に逆らって浮遊するはずがないのですが困ったものです…

 

その他にもあのタイルを踏まなければ、何かイヤなことが起こるのではないかという思考
が優先するのはよく聞くと思います。

とにかく精神的に余裕がなくひどいときにはゆるやかな有酸素運動ではあまりいいように
思えません。

 

では何がいいのか?

 

私はキックボクシングをやっているのですが、ハードな全身運動ですので少なくてもマス
などをしてる間は不安や心配に囚われずに済みます。

 

不安に囚われてると相手にやられてしまうので、生存本能を働かせるためにもマスをやっ
てるときは逃れられます。

 

 

私は潔癖の症状もあります。しかしこの問題もクリアできます。
ジムに行く靴から服装と普段着る服装を完全に分けるのです。

 

ジムではシャワーは浴びません。家に帰ってから浴びます。

 

潔癖とは別の話になりますが、水虫に罹患する人が増えているようです。
スポーツジムやヨガスタジオなどで罹患するケース多いようです。
女性も増えているようです。

 

白癬菌というやつです。いわゆる水虫です。
バスマットの共有は家族間であっても分けて使うことが感染の機会を抑えることができます。
外の環境では靴下を何足か持っておくのもいいでしょう。

 

ハードな運動ができる体力があればあなたも試してみるのもいいかも知れません。

 

キックボクシング以外にもボルダリングなどもいいと思います。
あなたの合う全身運動を探してみるのがいいでしょう。

病気ではないのかという不安と心配にはハードな運動で負荷をかけて!

基本は健康だけどどこか不調が出ると病気への不安や心配が強くなることないですか?

健康体でも腹痛が続く手や足が痛いしびれる片頭痛が多くなったような気がするなどとい
うこともあると思います。

 

一過性の場合はあまり気にならない(人によって違う)かも知れませんが、継続していたり
断続的に続いていたりすると不安や心配に押し潰されてしまうことと思います。

 

心配だから調べると最悪なケースを想定して考えてしまい様々な思考の嵐が襲って来ると
思います。

 

そうするとネガティブな発想になりがちで、メンタルも落ちてきて精神的にもつらい状態
に悩まされる時間が多くなると思います。

神経質であるとただでさえ不安が強いのに、上記のような痛みやしびれなどの自覚症状を
伴う場合は余計に不安定になりますね。

そのため神経が過敏に働くだけでも特定の部位に痛みが出るということもあり得ます。

 

この不安や心配の思考の嵐の渦に一度巻き込まれると、冷静に見ることもできないのも
厄介なところですね。

 

どこで何をやっていても不安と心配を抱えている時間の方が相対的に長いので気持ちが
悶々として、自分と時間が切り離されているぐらい没頭してしまっていることもあると
思います。

 

何かしていても上の空で、勉強や仕事など物事への集中にも影響が出てくると思います。

 

事項からは病気に対する不安や心配などとの付き合い方を書いていきます。

 

非常に難しいけどあなたにとってポジティブになる事を妄想する!そして今を意識することにフォーカスしましょう!

病気に対する不安や心配に関しては、そのまま不安をやり過ごすのが今のところ一番なの
ではないかと思っています。

「一度棚上げしよう!」と思って簡単に出来るものではないです。気持ちを瞬時に切り替
えるにはトレーニングが必要です。それに何でもかんでも万能すぐに切り替えられるとい
うものでもないと思います。

 

なので、何かハード運動をしたり身体を動かすしたりことで気づいたら「棚上げ」されて
いたというのがいいのではないでしょうか。

 

それは、勝手に観念や想念などの思考が働き過ぎてしまうからです。この強烈な思考の嵐
から逃げるには先述のようにハードな運動がいいのですが、身体が痛いなどという場合に
は安静が必要こともあるので、ハードな運動ができる場合はこちらをおすすめします。

 

で、話が逸れましたがあなたにとって少しでも不安や心配から切り離すことが出来
るようなことは何ですか?

 

できるだけ、子供心で考えるようにするのがいいです。
あなたにとってもポジティブになれるようなことなら何でもいいんです。

 

このときにできれば出てくることを紙に書き出すということをした方がいいでしょう。

 

そして、楽しそうなことが出てきたらそれを追求してみることで、あなたが本当に
やりたいことなどを再発見できることもあるかも知れません。

 

余談ですが、やりたいことに関してはすぐに答えが出てくるものではないので、
普段から自分自身と向き合っていないとなかなかわかないことです。

 

自分のことでも潜在的にあるものは案外わかならいってこともありますね。
やってみて初めてわかることもたくさんあるではないでしょうか。
考えるより子供のように気の赴くままに感覚で動くのヒントになります。

 

で、また話を戻しまして自分自身の楽しいと思えるそうなことをとことん掘り下げて
思うがままに突き進んでみる作業にエネルギーを使います。

これが長期的にみてもいいと思っています。

 

また、

 

相対的に不安や心配で悶々とする時間が短くなれば、なるほど不安に陥ってもあなた
にとって楽しいことを発見できていれば今すべきことに意識を向けることができるよ
うになると思います。

 

大変ですが、少しづつでも一歩前に進んでみていただければと思います。

 

制約がなければ超ハードな運動をするのがいい!!

不安や心配から気を逸らすのにもっとも有効なのが超ハードな運動です!!

考える余地を与えないぐらいの格闘技などがおすすめです。他の記事でも書いてると
思いますが、私のやってるキックボクシングなんかは全身運動で囚われてる暇がない
ぐらいに激しいものです。

 

ちょっとした隙があると相手に殴られてしまうので、自分を守るためには攻めるしか
ないのです。

 

相手の反応を見ながらの全身運動なので、普段使わない神経回路も使うので脳トレに
もなると思います。

 

継続することで他の神経回路も鍛えられていけば、不安や心配をつかさどるような
神経回路も相対的に弱くなると思っています。

 

他の神経回路が枝から太い幹になればいいサイクルができるます。

 

運動効果は科学的にもいろんないい影響を与えてくれるということが言われています。

 

しかし、私は別にキックボクシングを推奨してるわけではありません。
あなたに合った運動をすればいいのです。

 

是非何かご自身に合った運動をしてみていただければと思います。

病院嫌いだけど用事のないフロアをところどころ回り雰囲気を感じて思ったこと

私は昔、カウンセリングのために比較的規模の大きな病院に通院していたことがあり
ました。

 

その病院は築数十年経つような古く、汚い病院で陰気臭さも漂っていてカウンセリング
に来てるのに行くだけで陰鬱な気分になるようなところでした。

 

しかし、私はこの病院の部外者が立ち入れるエリアをほぼ雰囲気を感じるためにわざ
わざ回ってみることにしました。

 

すべての病棟のフロアの廊下を端から端まで歩き、手術室の外側のエリアまで回りま
した。

 

手術室のフロアはカウンセリングの先生に協力してもらい一緒に回ってもらいました。

 

カウンセリングに通うためにいやな雰囲気に呑まれないようにするという目的であち
こち回ったのですが…

 

やはり、当たり前の話ですが気分のいいものではありません。

 

緊張で汗みどろになりました。潔癖でもある私なので、「病院=病原菌」などという
方程式がすでに私の中にありましたので視界に次々に入る医療機器などに触れたので
はないか?という思いを抱えながらビクビクと回りました。

 

このような状況なので、身体をどこにも触れないようにという思いから脇を閉めて
小さく、小さく歩いて回りました。

 

私はワキガではありませんが、常時脇を閉めていたのと緊張で大量の汗をかいたので
蒸れて臭くなったのを覚えています。

 

このようなことを繰り返して、外来1階のカウンセリングをしているところにはイヤ
な雰囲気に呑まれながらも行きやすくなったと思います。

 

あなたも病院に行くのに不安を感じていたら、私のようなことをわざわざする必要は
ありませんが、参考にしていただければと思います。

不安や心配の観念や想念には、「あぁ、またアンタか…」で受け流す!

あなたは不安や心配に抗って思考で丸め込もうとして慢性的に疲労を感じていませんか?

勝手に思い浮かぶ不快な考え、意図せずアタマの中にイメージされてしまう観念や雑念は
その都度潰していかないとスッキリしないですね。

そしてまた次から次へと湧き出る観念や雑念を潰しても、また同じような観念やその元に
なった派生型の物の他に新たに別な観念を生み出すことも往々にしてあります。

 

個々によって違いますが、観念や雑念に囚われると映像を観ていたり他人と話をしていた
り服を着てボタンを留めるなどの日常些細なことにも時間がかかってしまい朝から疲れは
ててしまうこともあるでしょう。

日々このようなことにエネルギーが消費されてしまうので、時間的も体力的にもかなりの
ムダが出るため肝心なところにエネルギーを使えないとお悩みだと思います。

 

私も神経質気質で長いこと、物心つくころからこだわりが強く生きづらさを感じていまし
た。

時間の浪費、心的エネルギーの浪費で疲れてやろうと思っていたことができなかったとい
うことは今でも多々あります。

 

あなたも逃げ場のない不快な感情に囚われていたら、私の提案する乗り切り方を参考にし
ていただければ幸いです。

 

そもそもなぜ不快な観念や想念などの感情や思考は馬車馬のように暴走するのか?

色んな説がありますが、ここでは話を解りやすくするため昔、例えば弥生時代などと
現代人を比較してみることにします。

 

弥生時代では遺跡から武器などが多数見つかっていますが、これは食べ物の争いだったり、
自分の集落(陣地)を守るために必要だったものだと想像できます。

この時代の人間社会においてはその日暮らしなので命がけだったはずです。

 

この時代、旧石器時代14000年ぐらい前から紀元前4世紀ぐらいまではやはり生きる
か死ぬかの世界なので防衛反応が強くあったことでしょう。

 

一方で私たち現代人は飽食の時代に生きていてコンビニに行けば24時間いつでも食料を
手に入れることができます。

 

お金がなくてもセフティーネットとして生活保護の申請を出すことは可能です。

 

ホームレスなどでもボランティアの炊き出しがあったり、寄付などで食事を提供してもら
えたりすることがあります。期限切れのコンビニ弁当の無料配布もあるようです。

 

このように、私たち現代人はほとんどの場合食事を確保するのに必死になる必要はほぼ
ないと言えます。

 

しかし、DNAなどは1万年程度では大きく変化しないのものなのか旧石器時代からも人
が持つ防衛反応が現代人にも残っていると考えるのが妥当という説です。

 

敵との物理的な争いや食料の争いがない状態で防御システムだけが残っているので未来に
何か起こるかも知れないし、起こらないかもしれないことに過敏に反応するのが不安や心
配などが行き過ぎた感情とも言えると思います。

 

残酷な言い方をすれば現代人は平和だから未来を考える余裕があり、いろんなこと考えて
しまい、古代の人はそんな余裕がなかったのかも知れません?!

しかしだからといって社会的に忙しく活躍している人も悶々として苦しんでいる
人はいます。

 

ではこの不快な思いに悩まされる人と悩まされないの違いは何なのかということに
なると思いますが………

そこを掘り下げていくと不安や心配を余計に誘発してドツボにはまってしまいます
のでここでは取り上げないでおきます。

 

意図しない不快な感情は気持ちが悪いが「あぁ、またアンタか…」

意図せずいつ襲われるかわかないイヤなささやきは非常に気持ちが悪く時間と体力
、メンタル的にもボロボロにしてしまいます。

 

行動をも制御されてしまうので、学校に行けなくなったり仕事もできなくなった
り酷くなると引きこもり廃人のようになり人生をメチャクチャにしかねません。

 

私自身も悩んでるので飲み込まれて潰されそうになることも多々あります。

 

頭の中でのささやきはホントに厄介で、物に当たり散らしたくなることもあるで
しょう。

 

過去の私は物をよく壊していました。ストレスが多く不安や心配が多いと
物に当たるという神経回路が完全に出来上がっていたんだと思います。

 

ささやくな!黙れ!といっても勝手に暴走してしまうのでどうすることもできない
のです。

 

頭の中はイヤな観念で常に回転しいるのです。一般的な人は思考を1日3~4万回
ぐらいするなどと言われていますが、5~6万回という説もあります。

神経質気質の人は2倍、もしくわ3倍ぐらいあるのではないかと私は感じています。

 

これではグタグタになるのも無理はないのです。どうかあなた自身自分を責めない
で欲しいです。

「あぁ、またアンタか…」ぐらいに留めて置くのもやり過ごすための方法です。
とくに不快な症状に抗わない状態で放念するのです。

 

不安を誘発させるささやきにはおまじないが必要だと思う

私は不安のささやきには複数のイメージ画像、言葉を使い分けています。
それはそのときの不安感情、シーンや場所によっても使い分けています。

 

例えば汚いものでも軽いささやきの場合

 

お手洗いしたら外出先でも自宅でもほとんどの人は手を洗うと思いますが、
手を洗ったときには私は

 

・汚いと思う他のところに触れないようにする(ひじで蛇口をプッシュ)
・ペーパータオルをつかう
・よし大丈夫

というようにくち出してひとつひとつの営みを丁寧に行います。

 

また、不安のささやきにまけてそこから抜け出せなくなった場合には100円ショップで
陶器やコップなどをあらかじめ買い置きしておきます。

いざというときはバキバキに割って壊すというのもスッキリしますよ!!

 

これ人にもよると思いますがストレス発散もありだと思います。
私の経験上賃貸の場合だと壁に穴、クローゼットの扉、キッチンの扉や流しのステンレス
部位を凹ませることなどに一度快感を覚えると、どんどんとエスカレートしてきます。

退去時にムダな費用がかかります。キッチン丸ごと交換など。
(故意にやらないくても破損があれば退室時請求される場合がある)

 

私の場合は逆に気持ちくよくなってきて止められないというか止めたくない、
つまり壊し続けたいという欲求が強くなりました。

 

こういうのも不安や心配がなす気質なのかもしれませんが、続けたいという欲求が強くな
りやすい場合は陶器やコップを壊すという方法でも慎重にやっていただきたいと思います。
私の場合は何とか収まりましたが。

 

前述のように私は賃貸物件に住んでいますが、壁に穴を開ける、扉を壊すということもか
なりやってきています。

 

結局壊すことへの神経回路が優位になってしまっていたので止めることが難しかったの
です。

 

しつこいですが、あなたが賃貸物件に住まわれていて私のようにある部分で攻撃的な面
もあり尚且つ物を壊すという方法でストレスを発散させようとする場合は気を付けたほ
うがいいかも知れません。

 

この方法でストレス発散しようとお思いでしたら壊すための食器類をのかなり
余分に買い込んでおいた方が無難かも知れません。

 

あなたの不安や心配は何がトリガーになるのか?対処も人それぞれ

あなたにとって一番怖い不安感情とはどんなものでしょうか?

 

何によってトリガーを引き起こすのか?それを冷静に見抜くことも必要になってきます。

 

あなたもご承知の通り、ひとくくりに不安と似たような感情と言ってもあなたにとって
恐怖を感じる対象物が私にとっては全く気にならないこともあるからです。
そしてまた逆も然りです。

 

なのであなたにとって怖いと感じる観念にはどのように対処していくのがベストかノート
などにまとめてすぐに見れるようにしておくのもいいかと思います。

 

あなたの不安心配ノート(取扱説明書)を一冊用意して完全オリジナルのものを作ってみて
はいかかでしょうか?私も自分のノートがあります。

そして、それを見返してイメージを変える工夫をすることも大事です。

 

難しい作業ですが、1回5分や10分くらでも、いや1分でもいいので徐々に
ステップアップしてみていただきたいのです。

 

心が折れることもあるでしょう。一進一退でもいいのです。その日の体調によって
は一進二退でも一進三退ということもあるかも知れません。

 

でも自分を自分で責めたりすることはしないでいただきたいのです。
今日は特に体調が悪いから仕方がないぐらいに捉えて欲しいのです。

 

考えてもみてください。風邪をひいて40℃の熱でうなされている状態で
歩くのと、体調が普通のときに歩くのとでは雲泥の差があると思いませんか?

 

前者はフラフラして歩行もままならないこともあり、後者は普通に歩行していら
れますよね?

でも、風邪のときに自分を責めますか(試験などの重要なときは除く)?

 

不安や心配の感情にも波があり、全く同じ観念であっても疲れ方や体調、天気や
季節によっても左右されると思うのです。

 

実際私も寒い、天気の悪い日は同じような不安でも恐怖感や囚われ方は天気のいい日
に比べると悪いと感じています。

 

不安や心配が強いときは自分をケアする時間に充てたり、少しでもラクで心地よく過
ごせるように環境の整備をすることも大事だと思います。

 

ゆっくりでもいいのでデスク周りをホコリ取りワイパーなどでキレイにする、
普段頻繁に使うものケア何でもいいとおもいます。

神経質で感性の鋭い人が本当に望む人生を送るための考え方

クヨクヨ悩んで日々ムダに過ごしていませんか?あなたが本当に満足できる人生を送るための心得

どこまでも感受性が鋭く、さらにはそれにずっと悩める集中力がある場合悩み続けて
しまうこともよくあると思います。

 

また、それが取り越し苦労だったというようなこともよくある話だと思います。

 

でも、悶々と悩んでいる最中にはそれしか考える余裕がない上に悩むことに集中でき
てしまうので、他のことをやろうとしてもなかなかうまく事が運ばないということが
ネックになっていると思います。

 

そして更には悩んでることに気づけないということもあるかと思います。

 

この記事ではあなたがあなたらしい人生を少しでも送れるように、同じような性質の
私の視点でまとめていきたいと思います。

 

少しでも、あなたにささることがあれば是非参考にしていただければ幸いです。

 

どんなに怖い脳からの囁きがあっても反応しない!それを打ち消そうと躍起になり思考や行動でコントロールすると他の不安や心配ごとを派生して堂々巡りである

不安や心配など自分自身が怖いと思っている不快で不謹慎なイメージが頭から離れず、
それを打ち消そうとする。

つまりそこに囚われていて物事が1mmも全身しない八方ふさがりの状態のときは強制的
に行動力を上げることも必要なときもあります。

 

そのときの状況を想起して考えをグチャグチャと捏ねくり回す、そしてこれらを打ち消そ
うと一時の安心のために特殊な個々の理屈による儀式的な行動を繰り返す…

 

でも、今度は他の不安や心配の嵐が襲ってきて、それに対抗するために同じような行動を
とるとグルグルグルグルと同じことを永遠に繰り返すことになります。

 

このような抽象的に悩み続ける状況では、自己の内面だけで起こることに対して防衛する
ために苦痛から解放されるために脳を自己洗脳していて、またこの自己洗脳は各人の偏っ
た理屈にで行われます。

客観性も乏しく、整合性もなくときに不条理であり本人しか理解できないことにもつなが
ります。

 

そして、この思考が先行し過ぎるあまり悩んでいることに気づけない場合もあります。

 

長年かけて無意識レベルで悩んでることに慣れてしまっているので気づけないのも無理
はないでしょう。

 

でも、この悩んでることに気づけてない状況であっても、どこかでかすかにでも
おかしいと思っているはずです。そして身体にも不調が出ていると思うのです。

 

まず、自分自身がどういうような人生を送りたいか、自分と向き合う時間を相対的に増
やすことに少しでも時間を使うように意識した方がいいといいです!

 

そして、あなた自身が思い描く望む人生を紙に事細かく書いてデスクの前に貼って毎日み
るようなことをすることもおすすめです。

 

時間は年単位でかかりますが、無意識レベルで刷り込まれた自己洗脳を解くためには丁寧
に紐解いて行くのが、地道ですが近道と考えています。

 

アタマの中は監獄だ!生き地獄と化した脳

悶々と抽象的なことに悩み続けることで、条件反射的に不快な観念や想念などが想起され
やすい状態になるのは脳の特性のなすことろだと思います。

それは長年悩み続けることで、思考の癖が身体に染み付いてしまっているからです。

 

私たちは前頭葉というところで思考や判断をしているようです。人間は通常多くの人は
平均6万回程度思考するといいます。

感受性の強い神経質タイプの人はクヨクヨと悩むことも多いので思考回数はもっと多いと
思います。

 

不快なことを思考する癖がついてしまっているので、不安や心配、恐怖というような感情
が偏桃体という部位を刺激してしまうようです。

余計に不快なことが記憶されてフラッシュバックしやすいのだと思います。

 

だとすれば、前述したように少しでも本当に自分の望むようなことに時間を使う癖をつけ
るのが望ましいです。

その時間を相対的に多くするように時間を設けるということをすると長年染み付いた自己
洗脳も解きやすくなると考えています。

 

観念や想念が強すぎると閉鎖病棟や監獄にいると言っても過言ではないと思っているので、
自分のアタマでまともな判断ができなくなってる状況です。
なので、身体に任せる僅かな感覚に身を委ねるようにトレーニングする必要があります。

 

そして少しづつでも自分自身が望む人生と向き合うことがやはり重要と考えます。

 

余談ですが、

ハムスターはゲージの中で「回し車」を数時間平気動かしているようです。ネズミ科の
動物は一日で43キロ移動するようですが。

 

しかし、ハムスターが運動不足解消のために「回し車」を回し続けるのか?ランナーズ
ハイを得ようとしてるのか不明ですが、そんなことは恐らく思考していないはずです。

 

無思考でひたすら動き回ってるのはどういう心理からなのかわかりませんが、人間の
強い観念なども似たようなことがあるのかも知れません?!

 

自分の意志とは関係ないところで振り回され反応しやすいのはDNAの組み合わせが悪いと思う

前述のように自己洗脳してしまっている脳ですが、私が考えるにはDNAの組み合わせも
影響してると思うのです。

 

人間誰でも個人差はあるものの不安や心配はあるものです。そして多くの人はそれほど
これらの感情に振り回されず、反応せずにやり過ごす人が多いように思います。

 

しかし、神経質で感受性が強い私などは脳のどこかの部位が過敏に何かのセンサーが働
きやすいために自己洗脳しやすいのだと思います。

 

これをたどるとDNAも関係していると思うのです。私の父型の祖父は頑固で偏屈な人です。
父も人間的にバランスが悪いと思います。娘(叔母)もやはり社会性がなく親族間でのトラ
ブルが多い人です。

 

叔母の娘(従妹)も中学校の頃にはけっこう問題行動が多かったようです。

 

話を聞くと「窓際のとっとちゃん」に似たような行動で親が呼び出されたということも
あったようです。

 

就職試験はことごとくダメで某国立女子大学で学校に残り助教授をしているようです。
この従妹も感受性が非常に強く、生きづらいんだろうなと思うことがよくあります。

 

文章では伝わりにくいですが、父型のアンバランスなDNAを引き継いだせいで私も日々
生きづらさを感じていると思っています。

人からの好意が負担になる神経質な人が他者と折り合いをつける心得!

相手の好意で嫌いな物をサービスされて困ったらどうする?

神経質の気質の人にとっては珍しい話かも知れませんが、飲食店などで同じ店に何度も
足を運ぶようになる、つまり常連客になることもあると思います。

近所の定食屋などに足繁く通うと、そこの店主から形式ばらない挨拶をされたりすること
からはじまり相手の好意で何かサービス品を提供されるということもあると思います。

 

しかし、嫌いな物だったら有難迷惑になりかねないということもあるでしょう。

 

人それぞれの考え方や関係性や状況にもよるのですが、原則無理してまで口にするという
ことはしなくてもいいと思っています。

 

理由などは後程詳しくお伝えしますが、先ず無理いつも細かいことを気にする特性のある
人達が無理することで余計なストレスを心身に与えてしまうからです。

 

先ほど原則という言葉を使いましたが、これは無理して嫌いな物を口にすることによって
得られるメリットとデメリットを天秤にかけたときに、あなたにとってどちらが有益であ
るかということを考えたときです。

 

なので、ここを追求すると各々何を目的に生きてるからなどによってまったく変わってく
るはずです。

 

この記事ではこのようなときの付き合い方や考え方をまとめていきます。

 

あなたが店の人にどう思われたいのか?店の人とのあなたの関係性をどうしたいかによって変わってくる!

あまり思い悩まずサバサバした性格であれば好きな物は好き、嫌いな物は嫌いとハッキリ
相手に伝えることができると思います。

 

しかし、神経質で個々の強い固定観念があり尚且つ良心的な性格であれば、自分の嫌いな
物をサービス品で出されてしまうと戸惑う人が多いはずです。

というより所かまわず相手から好意が負担に感じるということもあると思います。

 

ただ、最終的に嫌いなサービス品を出されて食べるか食べないか決めるのはあなたです。

でも、これだと身も蓋もありませんね。
なので少し具体的なことを取り上げたいと思います。

 

あなたと店の人との関係性に於いて、これからもその店に通い続けてご贔屓にしたい
その店員のことが好きである、あなた自身サービス品に手を付けないことで相手に失
礼だと思わてしまうのがイヤだ…

 

いろんなことを考えて決めると思います。

 

人と人とのやり取りで感情などは複雑でなかなか難しいですが、
あなたにとって重要な要素を抜き出してお店の人との関係性を天秤にかけることです。

 

例えば

・この店員は好き
・常連でありたい

一方で

・好意で出されたサービス品の〇〇は嫌い
・無理すると後で体調が悪くなりそうだ

 

というのことを天秤にかけてみることです。

 

もちろんジレンマはつきまとうでしょう。断ったことであなた自身一時的に精神が病んで
しまうかも知れません。

 

じゃあその上でどうありたいかをあなたなりに感じて判断するのが重要です。

 

でも、最終的には断っても相手を持ち上げて感謝の意を伝えることで関係性が悪くなると
いうこともないでしょう。もし悪くなればそれぐらいの人という判断でいいです!!
それは、店員があなたに感謝をして欲しいという見返りを求めてるからです。

 

好意で出されるサービス品を断っても相手は相手あなたはあなた

あなたのためだけににわざわざ店の人や店員が好意で提供してくれたサービス品を断る
ことに、相手を無碍にしたような気になり悶々と気を病むかもしれませんが。

最終的には提供された物を食べようと、食べまいと関係ないのです!

 

好意とは言え相手もサービス業として働いているわけです。
もちろん「あぁ、ちょっと残念」と店員さんも思うかも知れません?!

 

しかし、飲食店で働いているともちろんいろんな人が客として訪れます。
その中にはクレーマーのような人もいるかも知れません。

 

あなたにサービス品を提供した日は、モンスターのようなわがままなお客さんばかりで
店員さんも少し疲れ気味で、あなたに何かサービスすることで喜んでもらいたいと思っ
たのかも知れません。

 

でも、この日に店員さんからするとあなたのためではなく自分の精神の安定のために
このようなサービスをしたかも知れないのです。

 

ところがその日はあなたに断られてそのサービスで自分のメンタルを上げるというこも
外れてしまったということになりますが、誰だってこのようなことはあるはずです。

 

そして、そうじゃない場合でもサービス業などでもお客さんの求めることと店側のする
サービスに不一致なんてことはあるものです。

 

というか、人間同士の付き合いなのですべて一緒ということはないです。
すり合わせをするために「アンケート用紙」などがあるのではないでしょうか?

 

ただ、断るにしても相手の好意に感謝を伝えた上で、ダイエット中だからとか、甘い物
が苦手だからなど…etc

 

もしいただけれるのならこちらを下さいとリクエストしてみるのも好みを相手にもわかって
もらえるので逆に相手に対してもいいかもしれません。

 

韓国料理の前菜の多さを見て学ぶ、食文化や民族の考え方の違いがあるのは当然だ!

韓国料理屋、私は日本の韓国料理屋にそれほど行かないのでわかりませんが、昔カナダの
トロントに行ったときのことです。

 

トロントにはコリアタウンと言われているところが多く?よく韓国料理屋を利用していました。

 

韓国人が経営していて、多くのお店で無料の前菜「ミッパンチャン」というのがたくさん出て
くるのです。

 

最初は何なんだと思っていましたが、韓国人の知り合いに韓国の食文化を聞き
「こういうものなのか。」と思っていました。

 

そしてこの「ミッパンチャン」はおかわりまで自由なようです。

 

また、おかわりしても少し食べ残すのが礼儀のようです。全部食べてしまうと提供する方から
すると「少なかったのかな?」という風に思うようです。

 

しかし、日本人としては出されて物は残さず食べなければというのが潜在意識に刷り込まれて
る人がほとんどでしょう。国が違えば文化や風習も違って当たり前なのです。

 

カレー屋で甘ったるい「マンゴーラッシー」をサービスされてしまって困った困った!

私は基本、炭水化物を抜く糖質制限の食生活をしています。しかし、ガチガチにストイックに
やっているわけではなくあくまでも緩めの糖質制限です。

 

なので、たまには麺やごはん、パン物も食べます。

 

そして、月に2度ほど行くインドネパールカレー屋(ネパール人?)があるのですが、顔見知り
になり、マンゴーラッシーをサービスされました。

 

ナンやライスをたまには食べると言っても、マンゴーラッシーのような甘ったるい液体はほぼ
飲みません。

 

液体なので糖の吸収が早く血糖値の上がり方は半端ないでしょう。
このような甘ったるい物も普段飲まないので私にとっては異物を
食するような感覚でした。

 

水で薄めながら少し飲み、ほとんど残しました。

 

そう!こういう気遣いはいらないということです。無理に少し飲んだせいかパン屋ご飯物を
食べたときより翌日の寝起きが悪いと感じました。

 

少し飲んだだけで体調に影響するように感じたので2回目は断りました。
ただ、丁寧に感謝の意を込めて断りました。

 

意思表示をしっかりしましたが特にイヤな顔もされずに、それまで通り月2回足を
運んでいます。

 

やはり、教育による潜在意識というのは怖いものです。
「給食は残さず食べましょう!」みたいなのが植え付けられているのです。

 

常に疑問に思い意思表示をすることが重要だと改めて感じた件でした。

誰かにぶつかって転倒させたのではという不安と心配を軽減する心得!

あなたは見ず知らずの不特定多数の人に被害を与えてしまったという考えに囚われてませんか?

エレベーターや電車の乗降はもちろんショッピングセンターや買い物中のスーパーで
小さな子供やお年寄りなどの年配の人にぶつかってしまった………?

後々思いもよらないことで警察から突き出されるのではないか、という不安や心配に
苛まれることはありませんか?

 

転ばせたり、怪我をさせてしまったのではという風に思うことはないでしょうか?

あるいは自分の咳やくしゃみで何か悪い菌やウィルスを他人にうつしてしまったのでは
ないか?

 

極めつけは車を運転していて誰かを轢いてしまったのではないかということなどです。

 

いろんな不安や心配という感情に襲われますが、この記事ではこれらの感情を如何に
軽減して共存するかをまとめていきたいと思います。

 

ぶつかったのではないか?、と悩むのであればそれはぶつかっていない!

他人にぶつかって怪我をさせてしまったのではないかと悶々と悩んでいるならそれは
ぶつかっていないです。

 

それぐらい繊細であるならぶつかったらわかるはずですし、人一倍注意しているはずな
のでぶつかっていないとあなた自身も頭の片隅では思っていいるはずです。

 

しかし、過剰に反応してしまう性なのです。
それは神経質な気質がそうさせています。

 

安全性への意識や周りに対する配慮が強すぎるあまりにこのように感じてしまうのです。

 

あなたがもしぶつかったら、必死に謝っているはずです。
子供や年配の人が転んだら起こして介抱するはずです。

 

でも、ぶつかってないのに本当はぶつかったのではないか?、という考えに囚われて
しまい頭の中でそのときの映像を再現して確認したりして安心を得ようとしても自身
に不利なように考えるので堂々巡りになりますね。

 

そうやって安心を得ようと固執すると余計に悪いイメージが襲ってきませんか?
パッと対象者を振り返りぶつかってないという事実を見るように意識するのが大切
です。

 

パッと対象者を振り返ってほとんどの場合相手はこちらを見ていません。

見ていないのならぶつかってないとはずだというかすかな感覚とリンクさせて
ぶつかってないという事実を確認及び大丈夫であると強く認識する意識を持つ
ことが大切です。

 

稀に自分が振り返ると対象者も振り返ることもあるかも知れませんが、そういう場合
でももしぶつかっていたら何かお互いあるはずです。

相手があなたの感覚ではなくあなたの持ち物を見ていただけかも知れません。

 

 

満員電車や人の往来が多いところなら、あきらかに人と接触しても気に留めない人もい
るのも事実です。

でも、お互いぶつかって転倒したりすれば街ゆく周囲の誰かが、何かしらの対応をする
はずです。

 

満員電車やオフィス街の横断歩道などで大きな鞄などを持って歩いていて、鞄が相手の
身体に触れることもあるでしょう。逆も然りです。

その場合であっても大きな鞄だと当たる面積も大きいので両者とも当たったという感覚
がわかるはずです。

でも、シンプルに考えてあたりで何も起こってないのであれば、それは大丈夫というこ
で後々警察に呼び出されるという不安も心配もしなくていいのです。

 

このようなことひとつにも神経をすり減らすあなたです。
無意識のうち当たらないようにしているはです。

 

当たったとしても大した問題にはならないはずです。

 

先述したように、お互いぶつかってなくても意味もなく何気に振り向くということだって
あなたもありませんか?

 

なんとなくかすかな感覚でいいのでもう少し自分を信じてあげてください。

 

敢えてぶつかってみるのも繊細な感覚を鍛えるトレーニングになる

エレベーターや電車の乗降で敢えて他人にぶつかってみるということをしてみても研ぎ澄
まされた感覚を解放するにはいいトレーニングになると思います。

 

それも不特定多数の人に1日何回もぶつかるのです。そしてぶつかった感覚を感じながら
パッと振り返り対象者の顔を確認してみましょう。

 

もちろん神経質で繊細なあなたなら故意にぶつかるとしても、一般の人では気にも留めな
いぐらいのぶつかり方になるかも知れません。

そしてぶつかったという意識であなたの心臓はドキドキとすると思います。

 

でも、これがトレーニングであり少しづつ強くぶつかって行って、どの辺ぐらいになると
相手もこちらを振り向くかを肌感覚で掴めるようになるかを検証するのです。

場数を踏むことにより不安はだんだん減り、あとあと問題になるかも知れないというよう
な心配も軽減していくはずです。

やがて継続していくと、何も気にならいようなレベルまでに達し不安な感情は次第にラク
になってきます。

 

咳やくしゃみであっても敢えてマスクをせずにしてみることをするのもトレーニング
になるでしょう。

 

車の運転に関しては上記のような方法はできませんが、人のいないところや自分の
駐車スペースなどでバンパーを軽くこすらせたりするということをやってみるのは
いかかでしょうか?

意図的に軽くこすらせるのはなかな難しいですが、音がして傷がつきます。

 

愛車で愛着があるならバンパーの当たるところに伸縮性のあるゴムやサンドバッグ
のような弾力性のある物を置いて試すのもありだと思います。

車にキズがつかないような物に当ててみるのもひとつの方法だと思います。

 

私がエレベーターや電車の乗降時におけるのマナーで感じること

私は人にぶつかってしまったのではということで悩むことはあまりなく、むしろ
ぶつかってきて相手に腹を立てることが多いです。

 

あるときに乗車率70%ぐらいの電車に乗っていて座るところがなかったので乗降口付近
で立っていました。

 

ある駅で停車して、乗客の一人が私にぶつかってきました。
謝ることもしないので舌打ちをしてやりました。

 

相手は私の舌打ちに気づいたらしく、立ち止まり片手で手招きして小声で「降りろ…」
とおどおどしながら言ってきました。

 

もちろん相手にはせず睨みつけてやりましたが、相手は特に発車する電車に再度
乗ろうとはせず、扉が閉まり電車が出発するまで私を睨みつけていました。

 

もちろん私は、乗降口を塞いで乗降する人たちの邪魔をしているわけではありません。
邪魔にならないように扉付近のスペースを確保していました。

 

世の中には無神経でこういうマナーのない人間もいるのです。

 

いや、私の取ってる行動も褒められるものではないとうことは十二分に自覚して
いますが「こういうことをしてみたらどうですか?」と提案してるわけではあり
ません。

 

神経質気質であっても私はこういう局面に於いてはほぼ譲りません。
神経質で不安や心配が多くてもいろんな人がいるものです。

 

しかし、不思議なもので私の住むマンションでのエレベーターの乗降では気を使って
しまいます。

 

降りる人が先という頭があるのですが、乗っていた人が降りる前に私が先に乗り込ん
でしまったかということで不安になることが度々あります。

 

これを紐解くと同じマンションに住んでいて、フロアが違っても隣近所という感覚が
私の中にあるのでしょう。

 

何か被害が及ぶかも知れない?!という思考が働くようです。

 

偉そうに書いてきましたが、やはり私も事実に基づいて行動するのができないことの
表れでしょう。

 

自分の郵便受けに何かされるのでは、部屋に入られるのではという被害が及んだらと
不安や心配が強いのだと思います。