誰かにぶつかって転倒させたのではという不安と心配を軽減する心得!

あなたは見ず知らずの不特定多数の人に被害を与えてしまったという考えに囚われてませんか?

エレベーターや電車の乗降はもちろんショッピングセンターや買い物中のスーパーで
小さな子供やお年寄りなどの年配の人にぶつかってしまった………?

後々思いもよらないことで警察から突き出されるのではないか、という不安や心配に
苛まれることはありませんか?

 

転ばせたり、怪我をさせてしまったのではという風に思うことはないでしょうか?

あるいは自分の咳やくしゃみで何か悪い菌やウィルスを他人にうつしてしまったのでは
ないか?

 

極めつけは車を運転していて誰かを轢いてしまったのではないかということなどです。

 

いろんな不安や心配という感情に襲われますが、この記事ではこれらの感情を如何に
軽減して共存するかをまとめていきたいと思います。

 

ぶつかったのではないか?、と悩むのであればそれはぶつかっていない!

他人にぶつかって怪我をさせてしまったのではないかと悶々と悩んでいるならそれは
ぶつかっていないです。

 

それぐらい繊細であるならぶつかったらわかるはずですし、人一倍注意しているはずな
のでぶつかっていないとあなた自身も頭の片隅では思っていいるはずです。

 

しかし、過剰に反応してしまう性なのです。
それは神経質な気質がそうさせています。

 

安全性への意識や周りに対する配慮が強すぎるあまりにこのように感じてしまうのです。

 

あなたがもしぶつかったら、必死に謝っているはずです。
子供や年配の人が転んだら起こして介抱するはずです。

 

でも、ぶつかってないのに本当はぶつかったのではないか?、という考えに囚われて
しまい頭の中でそのときの映像を再現して確認したりして安心を得ようとしても自身
に不利なように考えるので堂々巡りになりますね。

 

そうやって安心を得ようと固執すると余計に悪いイメージが襲ってきませんか?
パッと対象者を振り返りぶつかってないという事実を見るように意識するのが大切
です。

 

パッと対象者を振り返ってほとんどの場合相手はこちらを見ていません。

見ていないのならぶつかってないとはずだというかすかな感覚とリンクさせて
ぶつかってないという事実を確認及び大丈夫であると強く認識する意識を持つ
ことが大切です。

 

稀に自分が振り返ると対象者も振り返ることもあるかも知れませんが、そういう場合
でももしぶつかっていたら何かお互いあるはずです。

相手があなたの感覚ではなくあなたの持ち物を見ていただけかも知れません。

 

 

満員電車や人の往来が多いところなら、あきらかに人と接触しても気に留めない人もい
るのも事実です。

でも、お互いぶつかって転倒したりすれば街ゆく周囲の誰かが、何かしらの対応をする
はずです。

 

満員電車やオフィス街の横断歩道などで大きな鞄などを持って歩いていて、鞄が相手の
身体に触れることもあるでしょう。逆も然りです。

その場合であっても大きな鞄だと当たる面積も大きいので両者とも当たったという感覚
がわかるはずです。

でも、シンプルに考えてあたりで何も起こってないのであれば、それは大丈夫というこ
で後々警察に呼び出されるという不安も心配もしなくていいのです。

 

このようなことひとつにも神経をすり減らすあなたです。
無意識のうち当たらないようにしているはです。

 

当たったとしても大した問題にはならないはずです。

 

先述したように、お互いぶつかってなくても意味もなく何気に振り向くということだって
あなたもありませんか?

 

なんとなくかすかな感覚でいいのでもう少し自分を信じてあげてください。

 

敢えてぶつかってみるのも繊細な感覚を鍛えるトレーニングになる

エレベーターや電車の乗降で敢えて他人にぶつかってみるということをしてみても研ぎ澄
まされた感覚を解放するにはいいトレーニングになると思います。

 

それも不特定多数の人に1日何回もぶつかるのです。そしてぶつかった感覚を感じながら
パッと振り返り対象者の顔を確認してみましょう。

 

もちろん神経質で繊細なあなたなら故意にぶつかるとしても、一般の人では気にも留めな
いぐらいのぶつかり方になるかも知れません。

そしてぶつかったという意識であなたの心臓はドキドキとすると思います。

 

でも、これがトレーニングであり少しづつ強くぶつかって行って、どの辺ぐらいになると
相手もこちらを振り向くかを肌感覚で掴めるようになるかを検証するのです。

場数を踏むことにより不安はだんだん減り、あとあと問題になるかも知れないというよう
な心配も軽減していくはずです。

やがて継続していくと、何も気にならいようなレベルまでに達し不安な感情は次第にラク
になってきます。

 

咳やくしゃみであっても敢えてマスクをせずにしてみることをするのもトレーニング
になるでしょう。

 

車の運転に関しては上記のような方法はできませんが、人のいないところや自分の
駐車スペースなどでバンパーを軽くこすらせたりするということをやってみるのは
いかかでしょうか?

意図的に軽くこすらせるのはなかな難しいですが、音がして傷がつきます。

 

愛車で愛着があるならバンパーの当たるところに伸縮性のあるゴムやサンドバッグ
のような弾力性のある物を置いて試すのもありだと思います。

車にキズがつかないような物に当ててみるのもひとつの方法だと思います。

 

私がエレベーターや電車の乗降時におけるのマナーで感じること

私は人にぶつかってしまったのではということで悩むことはあまりなく、むしろ
ぶつかってきて相手に腹を立てることが多いです。

 

あるときに乗車率70%ぐらいの電車に乗っていて座るところがなかったので乗降口付近
で立っていました。

 

ある駅で停車して、乗客の一人が私にぶつかってきました。
謝ることもしないので舌打ちをしてやりました。

 

相手は私の舌打ちに気づいたらしく、立ち止まり片手で手招きして小声で「降りろ…」
とおどおどしながら言ってきました。

 

もちろん相手にはせず睨みつけてやりましたが、相手は特に発車する電車に再度
乗ろうとはせず、扉が閉まり電車が出発するまで私を睨みつけていました。

 

もちろん私は、乗降口を塞いで乗降する人たちの邪魔をしているわけではありません。
邪魔にならないように扉付近のスペースを確保していました。

 

世の中には無神経でこういうマナーのない人間もいるのです。

 

いや、私の取ってる行動も褒められるものではないとうことは十二分に自覚して
いますが「こういうことをしてみたらどうですか?」と提案してるわけではあり
ません。

 

神経質気質であっても私はこういう局面に於いてはほぼ譲りません。
神経質で不安や心配が多くてもいろんな人がいるものです。

 

しかし、不思議なもので私の住むマンションでのエレベーターの乗降では気を使って
しまいます。

 

降りる人が先という頭があるのですが、乗っていた人が降りる前に私が先に乗り込ん
でしまったかということで不安になることが度々あります。

 

これを紐解くと同じマンションに住んでいて、フロアが違っても隣近所という感覚が
私の中にあるのでしょう。

 

何か被害が及ぶかも知れない?!という思考が働くようです。

 

偉そうに書いてきましたが、やはり私も事実に基づいて行動するのができないことの
表れでしょう。

 

自分の郵便受けに何かされるのでは、部屋に入られるのではという被害が及んだらと
不安や心配が強いのだと思います。