放屁をすると漏れたのではないか?という観念にかられることはないですか?漏れてなくても放屁だけでも大腸菌が数万種も放出されている!

・あなたは放屁で漏れてたのではないかという不安に囚われることはないでしょうか?

放屁をして大便が漏れたのではないかという放屁がトリガーになる漏れてしまった
のではないかという恐怖に陥ってしまうとことはありませんか?

 

 

あれ、プゥ~、プス~という場合のときって実も一緒に出てしまうような感覚に陥り
やすいですね。

 

 

神経質気質で潔癖傾向が強い人だとこれを見抜くことは大変です!
実際に放屁するときの感覚が排便するときと似ているからです。

 

 

意識的に放屁(出てしまうときもありますが)してるので失便してしまったという
感覚の判断が難しいのです。

 

 

さらにここに感覚過敏があると余計にわからなくなります。

 

大変汚い話で恐縮ですが、服の上から肛門付近を触って確認しても、温度や湿度が
高いと汗もかいていたりすると観念を暴走させ、またそこから更に色んな観念を派
生させる原因になります。

 

 

特に梅雨時で外出中に人と一緒に過ごす予定があると、服の上から漏れ確認をする
ことことなんてできませんから。自分の家で漏れの確認するときは人に見られない
のはいいのですが、潔癖があると気持ち悪いです。

 

 

もちろん、漏れの確認をしたら手を洗い、これは替えた方がいいという気分のとき
は下着とそのときに履いていたパンツを洗いますが。

 

しかし、外出中だと気持ちの悪いまま仕事だったり、学校だったり過ごさな
ければいけなくなります。

 

 

営業先や取引先の人に「コイツ屁こきあがったな…」なんて思われてるんじゃな
いかと思い込んでしまい話も上の空になってしまいかねませんね。

 

 

でも最低限人といるときは、フランクな関係じゃない限りトイレに行ってきます
とも言えずにやはりその場を乗り切らなければいけなくなります。

 

こういうときは結局この時間を存分に感じて過ごすしかないでしょう!!!

 

でも、この時間を少しでもラクに過ごすために知っておいても損がないことお知ら
せします。

 

放屁して失便しなくても数千~数万種類の大腸菌が排泄されているという事実です!
大便の微粒子も一緒に排泄されています。

 

 

大便の微粒子ということはこれが増えれば肌着に大便がべっとりついている
という状態にならないでしょうか?

 

 

もちろん気分の問題なので失便の有無に関わらず、漏れていなくても気になるし、
漏れているとさらにパニックに陥ると思います。

 

 

その上でパニックに陥ったときに放屁で数千~数万種類の大腸菌が排泄されていて
大便の微粒子も一緒に出てるというイメージしてみていただきたいです。

 

 

気持ちが悪い話ですが、このようにとらえれば少しは気持ちも紛れるかもしれません。

 

 

この記事では下品で汚い表現を含みますので、気持ち悪くなると思う方はこれより先
は読んでいただかない方がいいでしょう。そしてすでにこの章だけで気持ち悪いと感
じられたらお許しください。

・放屁は生理現象!器質的異常がないのに腹痛が慢性化したり下痢をよくするなら心理的なものが影響してる可能性が高い

放屁は誰でも出るものなのですが、いつも異常にお腹が張っていて重い、腹痛がある
場合は心理的な物が影響している可能性が高いですが。

 

 

そういう場合には一度胃腸科などで検査をしてみるのが無難です。
そして、ここから先は特に胃腸に問題がないという前提で話を進めていきます。

 

ストレス、イライラ、不眠などが続くと自律神経という原則自らの意志でコントロール
できない体温等を調整するような精密なエリアで交感神経という神経が優位にはたらき
やすくなります。

 

交感神経とはアドレナリンのイメージを持っていただければいいでしょう。
闘争ホルモンなどと言われていると思います。

 

朝起きて、仕事や学校に行くときは活動的なモードになり交感神経が優位になります。
しかし、ストレスがあり体に負荷がかかりすぎていると夜寝る前でもほとんど交感神経
が優位になりっぱなしの状態のこともあります。

 

 

通常夕方から夜にかけてはだんだん副交感神経というリラックスモードの神経
が優位になります。

 

 

こういう状態が続くと自律神経失調症というのにかかりやすくなったりします。

 

 

少し話がずれましたが。放屁の問題に関連するので書かせていただきました。

 

 

胃腸に問題がなく腹痛や下痢、放屁もひどいとなればメンタル的な問題から腸が刺激され
て下痢という症状が起こってるかも知れません。

 

 

負荷のかかりやすい性格だったり、仕事のストレスやプレッシャーが多かったり
するとかかりやすくなります。

 

 

現代人はストレスを抱えていますのでこういう方が増えているようです。

 

 

胃腸科や消化器内科で異常がなく、食事や睡眠等生活習慣を見直した上でも改善が
なければ。精神科や心療内科で相談されるのもひとつの方法だと思います。

 

 

しっかりとメンタル面をセルフケアしたり職場での人付き合いなどの考え方を学ぶ
などすれば軽減されて悩まなくなるかも知れません?!

 

 

神経質傾向のない人でも放屁をすることで漏れたのではという恐怖が長引けば思考の
クセで生きづらくなる可能性もあるので気をつけたいところです。

・放屁とおならには違いがある、くだらないけどどうせならおならをした方がいいワケ?

放屁は音のでない屁で、スカしっ屁

おならとは音が出る屁

 

と言われています。

 

 

感覚的な問題もあると思いますが、放屁をしたときに漏れてなくても漏れたの
ではと思うことがほとんどではないでしょうか?

 

 

そしておならだと漏れたという感覚はあまりないと思います。

 

 

先述したように放屁でもおならでも結局数千~数万種類の大腸菌が排泄される。
つまり、微粒子が下着につくので放屁で漏れていなくても厳密には漏れている
ということになるとイメージすることで少しだけラクになるはずです。

 

 

あとは可能な限り食事、睡眠などの生活習慣を整えてことで腸の調子も期待で
きます。

神経質気質で感覚的な刺激に敏感!自分自身を深く理解することで生きづらさも軽減できるかも知れない

・脳内から来る?感覚的な過剰な刺激で目の前リアルの営みが疎かになっていませんか?

もともと神経質気質があると感覚的な刺激に敏感な傾向が強いように思うのは私
だけではないようですが。

 

 

感覚的な過剰刺激は脳の神経回路(信号)によるものと私は勝手に解釈していて情報
の取捨選択がうまくできないのだろうと思います。

 

それは大きな音だったり、寒い暑いなどの体温に関することだったりと様々なの
ですが…

 

 

やはり生きづらさが強い故に脳の使い方解釈の仕方が恐らく普通の人とは違うとい
うのは時折感じます。

 

単純なことをわざわざ複雑にしてしまったりするようです。

 

例えば鍵の施錠確認で普通の人はガチャガチャと音や手の感覚でシンプルに閉まっ
てると判断できるようですが、私はこれが困難です。もちろん感覚を感じようと意
識はしているのですが難しいのです。そして本当に閉まったの不安になるのです。

 

たまにうまくいくときもありますが、ほとんど不安におわることが多いです。

 

 

鍵を閉めるときに、普通の人のようにシンプルに判断できないと脳が認識している
のか?ガチャガチャという音と手の感覚と同時にその時に浮かんだ物のイメージに
置換して、それをまた還元するというようなことをしていることが多いです。

 

 

具体的には鍵を施錠するときに嫌いの人の顔が浮かんだとしたら、少しばかりの
アドレナリンが分泌されてボクシングでいうジャブだったり、フックだったりで
相手がノックアウトしてるイメージに置換して鍵をかけてる自分に戻り何かにリ
ンクさせて鍵を施錠確認するという工程を踏んでいるようです。

 

 

しかし、アドレナリンが分泌しすぎてしまうと鍵の施錠をしたかが判断しづらくな
るので困りものです。

 

 

また矛盾してるようですが感覚的な刺激が強すぎてしまい極度の疲労に陥ることも
あります。

 

 

私は潔癖傾向もあるので何か触りたくない物に触れてしまったのではないか、
実際は触ってないはずなのに触ってしまったという風に感じてしまうこと或い
は手のひらが痒いと、足の裏が痒いと感じると長い時間掻いてしまうなど。

 

 

なかなか解明ができませんが、他のアプローチが必要かとも思ってます。

・なぜ脳内で勝手に浮かぶイメージなどが過剰な刺激となり感覚過敏になるのか?素人の私なりの考察

神経質気質の傾向があると、応用が利かず一つのことしかできないということが度々
あると思いますが、あなたはどうでしょう?

 

視覚情報でも聴覚情報でも取捨選択ができないことが私自身度々あります。

 

例えば私はマンション住まいで1階に各住民の郵便ボックスと共同の宅配ボックスが
あります。約120世帯あるのですが、外出時に私の郵便ボックスの番号式の鍵を開
けて郵便物を確認します。

 

この際に他の住民が帰宅してきたら、ポストチラシなのか、自分宛に届いた郵便物な
のかを確認していたはずなのにドアが開く音と住民に気が囚われてよくわからなくな
ります。

 

そのときにしてたこと(郵便物の仕分け)が他の音という刺激によって、音に反応して
しまうためなのか今までしていた郵便物の確認という行為が阻害されていしまいます。
意識しても選択的にすべきことに注意が向きにくくなるのです。

 

情報の取捨選択が選択的にできないというのは生活にもかなり支障が出てしまいます。

 

ということであちこちからノイズが入ってきて情報の取捨選択が選択的にできないから
精神が不安定になり精神を安定させるために確認という行為を繰り返したり、ノイズが
外部から入ることによりすべきことが阻害される(時間が切り離されてしまう)ので再度
確認のためにやると、また他のノイズが入り阻害されループすると感じます。

 

・注意することに集中できていない!余計な物を取り込みやすくなる脳の構造

私たちの脳は日々様々な化学反応が行われていて、その刺激によって言動や行動や感情
などが行われてると思いますが。

 

神経伝達物質(脳内のホルモン)が流れる神経の経路に不具合があるとやはりバランスが
悪く支障をきたすようです。

 

 

神経質の人はセロトニンの分泌が少ない、足りないなどではよく言われていてますが、
この点については未だに未解明のことが多く、セロトニン不足ということ自体が仮
説なのでこれを紐解くには時間がかかりそうです。

 

また、これも本当かどうかわかりませんが、セロトニンの経路は日本人とアメリカ人と
は形が異なるという話もあるようです。日本人は棒状形状でアメリカ人はS字??

 

確かにS字の方が幸福ホルモンと言われているセロトニンは流れにくく満たされてる
時間が長いので陽気な人が多い?とかそんな説もありますが、実際には作り話かも知
れませんし、捏造かも?知れません。

 

何がなんだかわからないのですが、化学反応がうまくいかないために神経伝達物質も
さらにその経路にも機能的に不具合があると集中力が続かなかったり、必要な情報の
取捨選択ができないのはあながちウソではなさそうです。

・脳内で勝手に浮かぶイメージから派生させる感覚刺激にはリアルの世界での感覚を意識するしかないと思う

私が思うに脳内で勝手に思い浮かぶ、いやなイメージや妄想、観念などが強すぎる場合
には他の記事でも書いてると思いますが、リアルな営みを丁寧に行い、その営みに細心
の注意と意識を向けてリアルに感じるトレーニングが必要だと思います。

 

抽象的でパッとしないかも知れませんが、前項の例のように郵便物の確認する際にしても
私の場合音という刺激に過剰反応してしまうのでポストチラシなのか郵便物なのかの確認
を途中で阻害されてしまいます。

 

この場合の対応策として、音(聴)に対して見る(視)のが疎かになってしまうので、
郵便物の仕分け確認に於いては「見る>音」という神経回路のバイパスを太く
する必要があるということです。

 

実際どうするかは何度も何度もイメージすることだと思います。音や人の往来することで
をイメージしながら「見る>音」のバイパスを太くするというのが現実的かと今のところ
思います。

 

ときに呼吸と併せてリンクさせたり、シーンなどによっても変わってくると思うのですが。

 

なんとなく手がベタベタする!何も触れてないはずなのに何か手についてるような気がして気持ちが悪い!感覚過敏になってるこの種の観念との付き合い方

・どこにも触れてないのに触れたような感覚で悩むことはないですか?

思考が優先しすぎてしまうと感覚神経も錯覚するのかどうも触れた感覚が残って
しまうということはないでしょうか?

 

電車に乗っていて前に座っている人が咳き込んでる姿を見るとどうも唾液が自分
の手にかかった気がする、どうも手の一部分に唾液が飛んで濡れたような感覚が
確かにある…

 

だけどよく見てみも視覚的には唾液が飛んだ形跡がない、でも濡れた感覚が確か
にある。

 

こういう葛藤を繰り返して、朝から脳のリソースを使って疲れてしまい仕事や
学業に集中できないということもあるかも知れません。

 

更には痰を切ってるような咳だったので痰がかかってベタベタするという現実
なのか妄想なのかわからなくなりパニック陥ってしまうケースもあると思いま
す。

 

汚染されたという恐怖心、少し血が混じってるんじゃないか…?

 

肝炎?HIV?に感染させられたのではないかという恐怖におののかされて
パニック状態にということもときにあると思います。

 

1回で消毒でして終わりであればいいのですが、とかくこういうときは過剰に
反応してしまうので消毒行為が止まらなくなります。

 

こうようなときにはどう対応したらいいのか?

 

 

事項からは私自身も未だに難しいと感じてるやや強引でキツイ方法をご紹介
します。

 

・1回消毒して終わり、それ以上は消毒しない!自分の基準と一般的な基準のすり合わせ

パニックに陥ってるときは観念モードのスイッチがオンになってしまっている
汚い物という思考が一度想起されると連鎖的に消毒行為という形で表れてしま
います。

 

このパニック状態だとなかなか冷静さを取り戻すことは難しいのですが、
自分でもどこかで消毒液をなすりつけているはずなのに………

 

でもこのかすかな感覚、例えが変ですが、1000ピースのパズルの1ピースの
カケラのような感覚が少しでもあるのなら10回のうち1回でもいいのでこ
れに従ってみていただきたいのです。

 

 

そして普通はどうだろう、普通だったらここまでしないよなぁと不安から派生
される妄想と現実を見抜くことに意識を向けることも大事です。

 

 

この見抜くというは平常時から意識していないと、パニックのときには正しく
判断できないので普段から感覚に意識を向けてトレーニングをすることも大切
です。

 

見抜いたらそこで消毒行為は止めるという習慣を感覚で身に着けるといざという
ときに対応しやすいでしょう。

 

パヴロフの犬のようにベルでよだれが出るように、感覚神経と嗜癖行動をうまく
リンクさせるトレーニングを肚の底で理解することです。

 

・気持ち悪い感覚には一度抗わずに呑まれてその感覚を味わう

いろんな方法がありますが、ここでは一度その今感じてる感覚に呑まれてみると
いうご提案です。

 

ホントにその言葉の通り、

 

「あぁ、今私は前に席に座っている人に痰切りをされた際に血液が混じった
唾液がかかってしまい肝炎だかHIVに感染したかも知れない、気持ちが悪い。」

 

という感じで5分、10分可能であればそれ以上感じ続けてみてください。
時間の経過とともに感覚が変わってくるはずです。

 

もちろん、反射的に手持ちのエタノールや除菌ウェットなどで拭き取るという行動
に出て消毒するかもしれません。でも何回でもトライすればいいのです。

 

わかったいてもすぐに消毒してしまったという認識をすることから時間を延ばして
いけばいいと思います。焦りは禁物です。

 

・物理的に触ることでベタベタするものに関しての嫌悪感は手洗い消毒を!

色んな人が触れるドアノブは雑菌だらけなので、潔癖の傾向がなくても気持
ち悪いと思う人がいても何も不思議ではありません。

 

トイレに行って手を洗わない人、鼻をほじってそのままの手であちこち触る人
などいろんな人がいます。

 

実際に触って(事実を主軸に)気持ち悪いと感じるなら手を洗い消毒をするのが
賛成です。

 

そして、その上で先述のように手を洗った感覚を肚の底を感じてるように意識
していただきたいです。

 

 

汚いと思う物を物理的に触ったので手洗い、消毒はしても過剰にやりすぎて
生活に支障が出てないように意識してトレーニングしてください。

 

 

今まで1時間かけて手を洗っていたら、50分を目標に手洗いをするように
少しづつ負荷をかけていくのいいでしょう。

 

 

この辺はホントに難しいところですが、すこしづつでも現実と妄想なのかを
区別するように意識してください。

 

人によって症状は様々ですが、食品のベタベタ感なども同じです。

 

例えばあながた外食するのにどこかの飲食店に行って、

掃除があまりいきとどかない飲食店ではしっかり拭いてもらいそれを視覚でしっかり
見ることの意識を持ちましょう。決して思考しないことです。

 

 

ドアノブなど不特定多数の人がさわるところは育児中の方などは、母性本能からか
かなりナーバスになり潔癖の状態が出来上がる人も珍しくないようです。

 

 

もともとの神経質気質から派生して潔癖になる人も多くいるので一般的の人の認識
と自分の認識をすり合わせるのて許容範囲を見つけることをしてみるのも独自のこり
かたまった妄想などの思考が優位になるのも抑えることができると思います。

 

・イライラがひどく精神が不安定のときには感覚過敏がひどいと感じる

私はイライラしていたり、精神的に不安定なときほど感覚過敏がひどくなると
感じています。

 

普段でも何か頭の中で勝手に湧き出るイヤな思い、不安や心配などあるとすぐに
感覚過敏がひどくなる傾向があります。

 

例えば、よくあるのがトイレの便座の蓋を閉めるときには自分の生殖器を触って
ない手で意識して蓋を閉めているはずなのですが…

 

どうも生殖器を触った手で蓋を閉めたという思考と感覚へと洗脳?されているよ
うな気分になります。

 

こうなると蓋は除菌するのですが。

 

しかし、

イライラがひどいときにはこの比ではないのです。

 

あちこっちに思考が派生していくので、トイレ全体の掃除をしたり、イライラ
に脳のリソースを浪費されているのか、一連の雑務が終わった後に

 

「あれ?手洗ったっけ?」となったりすることもあります。

 

そうするとまた、掃除過程で触ったところを除菌して、ハンドタオルも何枚も取り
換えたりするということにもつながります。

 

イライラしていると「今、この瞬間」がなおざりになっているので、記憶が飛んで
いるような感覚になるのだと思います。

知覚過敏的な状態が確認や繰り返し行為を暴走させてるのか?!

・あなたは感覚的な刺激に対して違和感を感じることはないですか?

不安や心配から派生される観念はある特定のイヤなイメージや考えが次々に浮かぶと思い
ますが、こららを打ち消して少しでも安心するために確認をしたりおなじことを何度も繰
り返し行うことがあると思います。

 

また、感覚的な過剰な刺激からもこれらの行為に及ぶものもあると思います。

 

例えば手を洗うという行為ですが、ハンドソープを手につけて洗っているけど、せっけ
ん成分が何度あらっても落ちた気がしない、洗面台の水が手に飛び跳ねてるような気が
して手洗いがエンドレス。

 

どちらの場合も濡れてるので正確に判別しくいといえばそうなのですが、それでもせっ
けん成分を落とすのに1時間、2時間洗面台の前に立ち続けてもまだヌルヌル感が取れ
てない気がするというのはやはり知覚過敏と言っても過言じゃないでしょう!

 

このような状態に陥って困っていたら、これから先は扱い方などをお伝えします。
参考にできるとことろがあればどんどん取り入れていただければ幸いです。

 

・脳の捉え方に誤った認識があるから、マイルールと独特の理論によって自己洗脳してしまう?!

 

前項のようにハンドソープの話ですが、じゃあなぜここまで知覚過敏が出るかというと
やはり、脳の誤った認識によるものや後天的に各々の独特の理論によって、独特の神経
回路を作り出してしまったということだと私は考えます。

 

この知覚過敏的な状態に陥るのは脳内で他の感覚的な情報の取捨選択できないから
ということも言えるのかも知れません。

 

神経質気質の人はひとつのことに強いこだわりがあったりするので相対的に他のこと
が疎かになりやすいんだと思います。

 

かくいう私もそうですが、全体思考というのが苦手な傾向が強いようです。

 

私も手の洗い方ひとつでもマイルールがあるのですが、特定の箇所を集中して洗うと
相対的に他のところがやはり疎かになるのか、手を洗い終わった後にあれ腕まで洗っ
たっけ?ということになることがあります。

 

そして、特定の箇所を洗ってるときは精神の安定のために洗ってるのか、ホントにキ
レイに洗えてるかということばかり気にしてしまうので、手を洗うという事実がなお
ざりなってしまっているという自覚があります。

 

 

その結果、同じ繰り返し行為でエンドレス状態に陥ることになると思うのです。

 

 

ディテールにこだわりすぎるような脳の機能に問題があったり?と難しいですが、知覚
(感覚)過敏的な物があれば脳の洗脳による認識を自覚して客観的に見てみることも必要
かなと思います。

 

・人間は十月十日皆未発達の状態で産まれてくる!?象は22カ月この差が発達過程に影響をもたらすのか?

アフリカゾウは妊娠期間が22カ月で約2年も妊娠している稀有な存在ですが、
人間は300日前後です。

 

 

ヒト、犬、猫などは哺乳類の中でも妊娠期間は短く産まれたばかりでは完全に保護的な
状態です。特に人は生後2年ぐらいは保護者が常に見えてないと泣いて訴えてきます。

 

 

ヒトはもともと、超がつくほど保護的な動物でおんぶにだっこで育児にも大変な作業に
なります。(私は未婚で育児経験なし)でも見ていると大変そうに見えます。

 

 

このようにもともと保護的な上に、胎児の発育段階に於いてDNAの塩基配列に問題
がある、細胞分裂がうまくいかない、染色体に異常があるなどもともとの何らかの素
因の異常があれば社会的に生きづらい子供が産まれてきてしまいます。

 

 

これを防ぐためには遺伝外来の有効活用や今後AIを駆使することにより妊娠前からさら
に細かく知ることができるでしょう。

 

 

動物は生物学的には種の保存というのか、子孫を繁栄するというのが本能的にあるよう
です。

 

しかし、いつも気苦労が多く心労を抱えて人間の身からすると生きることに大変な苦労を
強いられることになるので保護者になる方としてもよく考えることが重要だと思います。

 

 

・生きづらさを自覚しているから確認や繰り返しの行為を産むと思う

先ほどからお話ししていますが、ハンドソープの例のように感覚神経を過剰に刺激して
しまい正常な認知を行えないために、ストレスを感じてしまい余計に確認や繰り返しな
どの行為が出てしまうのではということを述べましたが。

 

それでも子供(未就学)のころはまだマシなはずです。
保育園でも幼稚園もまだなんとかなるでしょう。

 

しかし、だんだん成長してきて小学校に入学したころになると集団とプレ社会生活も始
まり色んな営みが増えてきます。

 

集団の中にいるとある程度協調性も問われるざるえないというシーンにも出くわすはず
です。これが画一的な日本の教育の悪いところでもあると思うのですが…

 

それは、置いておいたとしてもやはり、マイルールやマイ理論がありながらも周りに
多少なりとも矯正しなければいけないという同調圧力などが働くため神経質気質の人
は強いストレスを感じると思います。

 

そして、無理して我慢して矯正していくので、歪みが出ても当然でしょう!

その代償として就学した頃には個人差はあるもののさらに確認や繰り返しの行為が増える
と思います。

 

私もそうやって生きづらさを感じて過ごしてきてるので、なんとなくそういう人が多いの
のかと感じるところです。