本当に神経質な人はこりかたまった思考のクセがついているのか?固定観念を排除しよう!

・些細なことに気を捕らわれ過ぎているのはあなたが悪いわけではありません!そのことでクヨクヨと悩みを増幅させると余計に心が疲れてしまいます。

神経質傾向のある人はもともと感受性の高い物を持っていることが多いので
多くの人が気づいていないことでも気づいてしまうことが多々あるでしょう?!

 

それは、何でもいいのですがどこかのブティックやお店で買い物したときに何か
袋がいつもと違うような気がするけど気のせいかな……?

 

と、家に帰り以前購入した際の袋を確認するとデザインやロゴが微妙に違ってい
たりしてそこでやっぱりデザインリニューアルしたのか、と納得したりするもの
です。

 

大雑把な人だとこのようなディテールは意識しないと気づけないことが多い人が
大半だと思います。

 

神経質とは性格や気質に依るところが多く、つまり思考のクセがついてしまった
というよりはもともとそういう人が多いと考えています。

 

後天的に神経質な性格になる人もいると思います。例えば出産育児を経験する過
程で「この子は何が何でも私が守らなければ!」とその思いが強ければ強いほど
にあらゆるとこに除菌を徹底する、家族にも強要するなどです。

 

育児が終わりひと段落ついてもこれが抜けきれずに消毒行為を過度にやり家族に
も強要してしまう場合は育児のときの思考が離れられないのだと思います。

 

しかし、これももともと持っている感受性の問題と私は考えています。
「この子は何が何でも私が守らなければ!」この思いが強すぎるから
そうなったはずです。

 

なので、温厚な性格に見えていたけど出産育児を期に保護モード的なスイッチ
が過剰に働きその人の本性が現れたといってもいいと考えられます。

 

事項からは神経質的なことろをそのままにしておくこと、思い込みから来る固定
観念を排除することなどをまとめていきます。

 

・神経質な部分をすべて是正する必要はない!本人が支障を感じてなければそのままでもいい!

「鍵の確認行為に時間がかかるからダメだ、ガスの元栓が気になって出かけるのに
時間がかかるこんな私はおかしい、こんな性格はとにかく直さなければいけない!」

 

と「○○しなければいけない!」と無理に矯正しようとすることは敢えてせず開きなって
しまうのもひとつの生き方です。

 

まず自分を認めてあげましょう!

 

その上で自分はいったいどうしたいのか、鍵の施錠確認で30分や1時間かかり過去に
ドアノブを壊していて自分を変えたいと思っているなら変えるべきでしょう。

 

しかし極端な話ですがドアノブを何度も壊していても、あなたにはお金も時間もたっぷ
りありあなた自身に支障を感じていなければ直さなくてもいいと思います。

 

家族と同居の場合は直した方がいいかも知れませんが…

 

今挙げた例はかなり極端な話ですが、それぐらいの気持ちで先ず自分を認めてあげて
ほしいのです。

 

私はそれぐらい何かに支障がでるということは恐らく、何か抑圧があると考えています。
その抑圧と向き合うことから初めてみてはいかかでしょうか?

 

・固定観念を排除しないから大衆は常に間違える?わたしなりの考察

日本社会ではいい学校を卒業して、いい会社に就職して、結婚して家庭を築くみたいな
風潮があり未だにこのような生き方正解だ!みたいに思って方が多いようです。

 

それは年配になればなるほどそういう傾向にありますが、年齢に関係なくても結構な数
の人がそのように生きていると感じます。

 

私は電車に乗るのが好きではありませんが、あまり乗らないですが大学生が就活の話を
しているのをよく耳にします。

 

日本の画一的な教育を植え付けられてきたのでこのように皆が就職して結婚して家庭を
築かなければいけないという風に洗脳されてしまったと考えます。

 

皆が右を向いていて、一人だけ左を向いていると〇〇君、〇〇さん、みんなが今これを
しているからこれをしなさい!などと。

 

じゃあ、何で今これをしないといけないか?と問うと細かいことは言わないで
先生の言うことを聞きなさいで終わるのです。

 

これは学校という教育の場に限らず家庭でも起こることです。

 

洗脳がない幼少期の何で?の問に答えられる大人はいったいどのぐらいいるのでしょうか?
ここで子供の個性を疑問や個性をことごとく潰されていくのです。

 

子供は力関係で反抗できずその結果、疑問に思わせない子供、皆が同じように社会に適した
人間を育成するのが日本国です。

 

このように生きてると日本社会が求める画一的に物に矯正するのです。

 

皆が同じ思考をしているとどうでしょうか?会社が倒産の危機に陥ったときに潰れてしまい
かねませんね。正に「大衆は常に間違える」が適切だと考えます。

 

それと同時に日本の教育、日本社会が画一的を求め矯正するならばひとり一人の個性には
歪みが生じても(過剰な鍵の施錠確認など?)至極当然だと思います。

 

逆に私たち神経質気質の人たちに関しては日本の教育、日本社会が求める在り方などに関
しては「〇〇しなければ!」という固定観念を排除した方がいいと思います。

 

これは本来の個性や思う疑問について子供の視点で観ることができる感受性があるからそ
れと向き合うことで生きやすいくなると思っているからです。

 

私もまだまだですが、あなたも生きやすくなるように世の中を疑ってみることをしてみる
と何かヒントになるかも知れません。