不安や心配に囚われて繰り返し行動をしても本当の安心は得られない!

物事の細部に囚われてスルー出来ない!気を見て森を見ずになっていませんか?

あなたは勉強や仕事などの営みをはじめ日常のあらゆるところで、客観的に観ればど
うでもいいことに囚われて時間がかかり過ぎてしまうことってないでしょうか?

 

製本したときに教科書の縁についた0.5mmぐらいのインクなのか再生紙特有のものなのか
、と何なのかわからないぐらいのことに30分も1時間も見続けて真剣に悩むなんてこと
ないでしょうか?

仕事では、会議で相手の使っているペンのグリップについたいるわずかな汚れは何なのか
と意味もなくそこに集中する、又は不安や心配を逸らすためにそこに集中しすぎてしまう
あまりに重要なテーマが全く覚えていない…

 

様々なケースがあるでしょう。あなたのケースで上記に挙げたようなことで生活に支障が
出ていると感じているならば、今すべき事を少しでもスムーズにこなす方法をお伝えいた
します。

ひとつの凝り固まった思考の癖が全体を狂わせる!

人間誰でも個人差こそあれど癖というものがあります。不安や心配などの緊張状態のときや
ストレスがかかると連動して貧乏ゆすりをするというような人もいます。
こういう感情は誰にでもあるはずです。

また、私たちのように神経質な気質を持ち合わせているとさらにこの傾向が強くなります。

 

しかし、日常的(慢性的)にあまりにこの種の感情が強い場合はやはり不安や心配という
思考の嵐の中で生きているので疲労感は並みではないです。

 

そこでバランスを取るために何かにしがみつきたいというのが性ではないでしょうか?
それが癖となって無意識にサインとして表れてるのだと思います。

 

イヤな感情が襲ってきたら前項の例で挙げた0.5mmほどの製本した際に付着した何かを
見続けることで思考の嵐から意識をそらしたりして自分の中でバランスを取ろうとして
いると思われます。

 

なので、日常生活でひとつのことで30分や1時間何かに気を取られてしまい前に進めない
という状態なら、先ずバランスを取ろうとしていると受け止めて自分自身を認めてあげるの
が賢明です。

 

それを自覚した上で自分自身にどうようなストレスがかかっているのかを観察して、それを
対処していくことが大事です。

もし、意味もなく漠然と何かに囚われる場合は原因探しはせず、今すべき建設的なことに
意識を向けるように良い癖をつけます。これは何度も何度も自覚してく無意識でできるよ
うにしなければ改善は見込めません。

 

精神の安定を得るということにフォーカスすると物事の本質や目的を見失う

前項からの例のように教科書の製本の際に付いた何かわからない0.5mmほどの小さな
付着物を不安や心配という感情に襲われるたびにそのページにわざわざ戻り見続けたり、
触ることで安心を得ようとしても安心は得られません。

 

自己の精神の安定のためというのが無意識に目的化されているので、このような状況で
はいくら見続けようとしても、いくら触ってもほんの一瞬はホットするだけです。

本当の安心なんて得られないのです。心から安心をしたいのなら本来すべき仕事や勉強
などの
中身の伴った事に最善を尽くすことです。

この場合心(感情)より中身のある行動を如何にフォーカスするかにかかっています。

 

一瞬安心しても根本的には何も変わらないのはあなたもわかっていて、でもその癖が止
められないのもまた痛いところだと思います。

でも、どうやってでも現実世界で生きることにフォーカスするように習慣化する思考に
切り替えるのが重要です。

 

不安や心配で苦しいのでそれは素直な感情なのでそのままで
いいのです。否定も肯定も良いも悪いもありません。

 

その重い気分のままでけっこうです。繰り返しになりますが今すべき事柄は何なのかとい
うことに意識をすることです。

心が囚われていて難しい場合には、「囚われているのは私の心(感情)ではなくて脳が支配している」
というように他人のように自分の行動を観るようにイメージしてみてください。

 

難しいですが、あらかじめ紙に書いておくといいです。

例えば

1、私は不安や心配にすぐに呑み込まれてしまう人間だ。

2、イヤな思考、感情が襲ってきたらページを戻ったりしても教科書の〇〇ページの
  0.5mmほどの付着物を見たり触ったりすることで安心を得ようとすることが多い。

3、教科書は自己の精神の安心を得るための物ではない

4、教科書の目的はなんなのか?
       ↓
  勉強してテストでいい点数をとるため、さらには受験で志望校に合格するため

5,「囚われているのは私の心(感情)ではなくて脳が支配している」

 

このように具体的に書いて、何度も反芻してあなた自身の本当の目的をしっかりさせる
ことが大事です。

ひとつの抽象的な事柄から次々といろんな物に派生してしまう私のよくある話と同級生の話

しつこいようですが、この記事で挙げている製本の際についた印刷物の付着物に気を
取られるのは未だに私もよくあることなのです。

 

本を読んでいるときにも製本の際についた、インクなのか製紙の際に付着したものな
のかなんなのかわからないときにそこを、見たり5回触ったりなどのマイルールがあ
ります。

 

そのときに思い浮かぶ不安や心配という思考や感情は客観的に観るとほんとに抽象的
すぎてつながりのないことなのですが、私の中では繋がりがあり自分の中では理論的
なことが多いのです。

 

その中でも自分の誕生日と同じページ数に自分が怖いと思っている事柄がイメージさ
れそれに感染する事柄が派生してしまうとその感情を打ち消すために、他のページの
製本の付着物に戻りマイルールを実行するなどということです。

 

このようなことは日常茶飯事です。でも本を読む目的にフォーカスするように心
がけています。

 

また、私の同級生でも似たような人がいました。

 

Aさんは几帳面で真面目な性格なのですが、彼は数学の時間に分数などで書く括線を
定規で全て3mmと統一していました。

 

その都度定規で測って線を書くので時間がかかるのです。

 

とにかく線を3mmでまっすぐにというこだわりが強かったようです。

 

彼は数学は得意でしたが、線を3mmでまっすぐかくということがストレスになること
もあったようです。

 

テストで解答用紙に線を書き込むことに気を取られて時間がかかり過ぎるので点数が
悪かったです。

 

まさに「木を見て森を見ず」でしょう!テストでいい点数を取るという目的から線
を3mmでまっすぐ書くというのが目的になってしまってるのです。本末転倒です。

 

やはり彼も潜在的に何か不安や心配を抱えていたようです。

 

もしあなたもこのようなことで日常生活に支障が出ていたら、手段と目的を
しっかりと意識するという習慣に思考を使いましょう。