確認がイヤ!<普通に生きたい!ときには覚悟で我慢する方法もあり!

苦しい確認行為から解放されて、ゆったりとラクに生きませんか?

日々日常のルーティンの中でも繰り返し起こる確認しないと気が済まない衝動のせいで、
生活の質が低下することが

 

「もうイヤだ!!」

 

と感じていたら覚悟を持って強制的に快適な生活を取り戻す方法もあります。

 

これにはリハビリ的?な要素もありかなり辛いのです。自身に我慢を強いるからです。
なので、各々が抱えている状態や場所などの状況によっても変わってくるので一概に
良し悪しはないです。

 

それを前提として、敢えて我慢するという要素を利用して確認や繰り返しの衝動を止
めるという方法もときにはあってもいいと思います。

 

そして、実行するのであればハードルの低いところから始めた方が挫折しにくくて
いいと思います。

 

もしこれから自分らしく快適な人生を送りたい、または取り戻したいとお思いなら
あなたの改善させたいと思うことに挑んでみてはいかがでしょうか?

 

もちろん、挫折するかも知れませんがそのときはまたチャレンジすればいいのです。

 

しかし、今はまだその段階ではないとご自身が思われる場合はこの記事ではなく気の
持ち方に関する記事
をお読みいただいた方がいいです。

脳が誤作動を起こしているだけ!そのときは気持ち悪いけど時間の経過で緩和される!

日常のストレスや生活環境などから、確認等の行為で悩まさられるようなり現在に至って
いるのであればほぼほぼ改善していくと思います。

普通に生活していたときの記憶を忘れていたのが明白なので、何度も「確認しない」こと
を再学習すればいいからです。

 

一方もともと神経質傾向のある場合で物心ついたときから確認などをしていると、
なかなか確認しないということは難しいです。

1年かかるかも知れませんが、あきらめずにトライ&エラーをしながらも続ける
ことです。

 

しかし、何度も何度もトレーニングすることで確認回数も減っていくはずです。

 

両者はともに言えることですが、時間の経過によって「あ、大丈夫かも?!」と
思えてくることがあるものです。

 

一進一退、一進二退ときには一進三退するようなこともあると思いますが、この
「あ、大丈夫かも?」という感情を少しでも持てると波はあっても良いサイクル
に乗りやすくなります。

 

また、ストレスが強いときや急いでいるとき、場合によっては天気などの影響でも
確認をせずにはいられないという衝動に駆られこともあると思います。

 

確認してしまってもクヨクヨせずに、

 

「今日はイライラしてるから仕方ない!」

 

と自分を認めることも大事です。

 

そして、先述したように「あ、大丈夫かも?」という感情を持てる時間が多くなれば
じゃあ、次はもう少しハードルを上げてみようと負荷をかけることもできるようにな
ってくると思います。

 

少し先の光景をイメージできるようになるとあなたは確実に前進しています。

 

道半ば心が折れそうになるのはあなたのせいではない!「ホメオスタシス」という生理的機能によるもの

確認をしない覚悟決めても確認したくなるものです。特に疲れやストレスが溜まると
、確認という行為がやり場のない不安や心配を解決しようという思いがあるからか止
まらないという現象に悩まされることもあるでしょう。

 

でもこれは人間に備わっている機能です。「ホメオスタシス」という人間が生きていく
上でも生理機能を維持するようなものです。

 

それは暑くなれば発汗させて熱を逃したり、寒くなれば血管を収縮させたり、血圧も
状況に応じて刻々と変化しますね。心臓だってそうです。

 

ホメオスタシスが機能してるから私たち人間は気候の変化にも一応は対応できるように
なってるのです。

 

このようなことから、何か今までに習慣にないことを習慣化させることは身体は抵抗
を覚えるのです。人は変化を嫌います。

 

なので、

 

今まで過剰な確認という行為が習慣されてきているので、確認しないという習慣を作る
ためにはやはり時間がかかるのです。

 

一気にすべてを変えようとするとその反動で逆戻りしてしまうことがほとんどです。
おそらく99%ぐらいは一気にすべて変えようとすると逆戻りします。

 

これは生理的な機能の問題であなたには全く非はありません。こういうものだと思って
挑んでいただくのがコツです。

 

覚悟を持ちつつも1クール3週間ぐらいの単位でハードルを少しづつあげていくのが
続けやすいはずです。

 

「ホメオスタシス」に流されないようにするためにはリスト化する

前項でもお伝えしたホメオスタシスですが、あなたが日常の確認で一番困っていることや
トリガーになることは細分化してリスト化して計画的に挑むのがいいです。

 

人間具体的な目標じゃないと動けないからです。具体的にしないと曖昧になりまた元の
過剰の確認という状態にすぐに戻ってしまいがちです。

 

例えば

 

鍵の確認で今まで30分かかっていたなら3週間かけて25分にします。
次の3週間で20分という風に少しづつハードルを上げていきます。

 

ここで気分の変化や体調で失敗することもあるでしょう。でも自分を責めずに続けて
行くこと少しでも短縮できたということが自信にもなります。

 

紙に書いて玄関のドアの内側に貼っておき、あなた自身もお守りとして同じものを持っ
て見ることも自己暗示にもつながります。

 

受験生の英単語のようにどこでも見られれるようにしていくのがいいでしょう。

 

ホメオスタシス機能を使って私が手を洗わない、消毒しないということに成功した例

私は昔は買い物してきた食品はじめ様々な物を冷蔵庫に入れるのに食毒していたことが
ありました。

これに関しては時間が膨大にかかるのと極度の疲労に陥るためしなくなりましたが…

 

その代わり買ってきた商品や冷蔵庫に入ってる物を手にしたときは手を洗い消毒をする
ということを徹底していました。

 

ペットボトルの水を冷蔵庫から取り出して水をコップに入れる度にコップの外側を消毒
して手を洗い、手を消毒するというのが一連の流れでした。

 

梅雨時なんかは汗もかく量も多く、熱中症予防にも水分を多くとるので、必然的に
手を洗う回数と消毒する回数が増えるのです。

 

1セットだいたい10分ぐらいかかっていたので面倒なのです。

 

なので、私はここでホメオスタシスを利用してリスト可してハードルを上げていき
ました。

 

先ず、最初の3週間でコップの外側を消毒しないということをしました。
これもメモ帳を印刷して目につくところに貼っておきました。

 

やはり、最初は気持ちが悪いのですが失敗したときもありましたが、続けていき
「大丈夫汚くないと思う!」という何となく曖昧な感覚を持つことと時間の経過
で大丈夫と思えるようになりました。

 

 

次の3週間も同じように印刷した物を紙に貼りました。
「手を洗うけど消毒はしない」こんな感じの文言だったと思います。

 

そしてこれもなんとかクリアしました。

 

で、ここからなんですが冷蔵庫とペットボトルを触れる度にしばらく手は洗って
いましたがこれも洗わずに過ごせるともっとラクではないかと思い挑戦してみま
した。

 

このときも3週間で再度同じように
「冷蔵庫とペットボトルを触っても手を洗わない」というような文言を壁に貼り
挑戦しました。

 

ここまできてもやはり気持ち悪いのですが、細分化した2回の成功体験があるので
この先もなんとなくイメージができたのでついにクリアすることができました。

 

一度成功体験を積むとこれも、以前にうまくいったということがあるのでこの点
に於いてもホメオスタシスの影響でまたいいサイクルができます。

不安と心配を抱えたまま他のことに少しだけでも意識を向けよう!

同じ箇所をずっと見続けてしまい、そこで立ち往生していませんか?

漠然とした不安や心配のために、気になるタイルの模様の特定の位置だけ見続けたり
ガスの元栓のつまみが閉じている…etc

ずっと同じ部分を見ることに執着してしてしまっていて、何をしてるのかよくわから
なくなってきたなんてことはないでしょうか?

 

ずっと見続けるあまりに元栓を閉めたかの確認のためが、つまみの経年劣化による使用に
よる支障のないほんのわずかな傷が気になり始めてしまい、さらに自分の内から湧き出る
感覚や想念などに支配されてしまう。

それらを打ち消すために見続けてしまうなど。

 

観念や想念などの内から出てくる一種の感情は人それぞれ違いますが、神経質で繊細な人
に共通して言えることは心地よいものではないということです。

 

いずれにしても何かに注意深く集中して観ようとしているのに、集中を遮断する感情が湧
き出て苦痛な感覚を感じてしまい、特定の部位の感覚だけ以上に強くなってしまうことも
あるかも知れません。

 

この記事ではこういうときに不安や心配を感じながら物事への取り組み方などを方法を
まとめていきたいと思います。

不安や心配の種をほじくり回さないで共存しながら物事を進めるのが賢明!

不安や心配のという種の感情はそのままにしておいた方が結果的にはラクになることの方
が多いように思います。

そして、その渦中にいる本人にとっては不安でおののくこともあるのは事実です。

 

根掘り葉掘り突き詰めるとどんどん抽象的になっていき、行きつくのは自分自身で洗脳
してしまった固定観念を創造と誘発してしまうからです。

 

道を歩いていても「このタイルを左で踏んだのだから、右でも踏まないと悪いこと
が起きる」などは、自分自身の中にある破綻した論理です。

それもあまりにも抽象的且つ外の世界の出来事との関係性は極めて薄いと思われる
事柄ではないでしょうか?

しかし、考えが飛躍して、あっちこっちに次々と考えが派生してしまうので本人にとって
は重大なことになってしまっているのです。

 

自己洗脳と思い込み?によりこのような不安や心配に囚われてしまうのでしょう。

 

今私が「思い込み」に「?」をつけたのはこの文章を書いていてある種の未来への
不安を感じたからです。

 

と、こういう風に書いている私ですら自分の中で派生するトラップに陥ってしまい
がちです。

 

自分の内から湧き上がることに日々反応することが多くなると、それだけ疲労も蓄積しや
すくなってしまいます。

 

日常生活にどれだけ支障があるかだと思いますが疲労は激しいはずです。

 

このようなときには、私は「今私は縁起でもない洗脳をされている」
別の話と「混同、混合している」などと行って凌ぐようにしています。

 

こうやって唱えることで(口に出さなくても意識することも大事)余計に思考を入れずに考え
を派生させないようにしています。

 

こういう意識を持ちながら今すべきことにフォーカスするようにしています。

 

もちろん不安や心配が強いときは打ち消したりすることはありますが、比較的気分が安定
しているときはそれほど違和感を感じずに思考の切り替えができます。

 

何度も反復するというのは大変ですが、少しは生きやすくなるはずです。

不安や心配と共存しながらも「今思考している」という傍観する意識を持つことは大事

不安や心配は誰でも付き物です。なので誰もが共存していますが、あまり気に留めないで
生きてる人もいます。

 

こういう人たちは個人差もありますが、気持ちの切り替えが早かったり考えないようにす
るのがうまいのでしょう。

 

なので考えないようにしていても思考しちゃうのは仕方ないのですが、
「今思考している」という意識を持つようにしましょう。
だから他のことに意識を向けようと考えるのです。

 

何か不安や心配事を「思考」し始めたら輪ゴムで頬で「パチン」と痛いという
感覚に切り替えるのもいい方法です。

 

なにせ、不安や心配という思考グセがついてしまうと物によっては一生悩むことができて
しまうからです。

 

そして、身体も精神も余計にエネルギーを消耗してしまうので悶々と過ごすことになります。

 

最初は大変ですが、「今」というのを何度も自分自身に言い聞かせること
を習慣にすると不安や心配を手放せる時間が長くなると思います。

 

是非、ご自身を信じてやってみみていただければと思います。

 

神経質な人が不安や心配が多くそれを感じるのは、最悪を防ぐための準備なのか?覚悟を持つためなのか?私なりの考察

現在、将来への不安や心配は人それぞれ多かれ少なかれありますが、私の場合何かに打ち
込んでるときでもふとした瞬間にそれらの感情に襲われることが多々あります。

 

最近思うのですが、これは自分がしっかり覚悟を持って物事を取り組んでなかったり本当
にやりたいことに目を背けてるからなのではと思うことがあります。

 

逃避しつづけてると同じような問題が襲ってきたりするような気がするからです。

 

そして逃避していると、準備をすることも怠るので余計に不安と心配のサイクルに呑まれ
てしまっているような気がします。

 

でも、覚悟決めて取り組もうとした瞬間はスッと心配や不安は消えるのです。
しかし、「あぁ、いいや」などと思った瞬間また元に戻ってしまいます。

 

アクセルの踏み込み方が甘いのかも知れません?アクセル踏んだと思ったらブレーキかけ
てみたりするから不安になってるのかも知れません?!

 

直観で行動することがあってもときにはいいような気もします。

 

あなたも、何かモヤモヤしていることなどがあれば一気にアクセル踏んでみること
もありかも知れません。

 

あなたなりに試行錯誤してみていただければと思います。

人からの好意が負担になる神経質な人が他者と折り合いをつける心得!

相手の好意で嫌いな物をサービスされて困ったらどうする?

神経質の気質の人にとっては珍しい話かも知れませんが、飲食店などで同じ店に何度も
足を運ぶようになる、つまり常連客になることもあると思います。

近所の定食屋などに足繁く通うと、そこの店主から形式ばらない挨拶をされたりすること
からはじまり相手の好意で何かサービス品を提供されるということもあると思います。

 

しかし、嫌いな物だったら有難迷惑になりかねないということもあるでしょう。

 

人それぞれの考え方や関係性や状況にもよるのですが、原則無理してまで口にするという
ことはしなくてもいいと思っています。

 

理由などは後程詳しくお伝えしますが、先ず無理いつも細かいことを気にする特性のある
人達が無理することで余計なストレスを心身に与えてしまうからです。

 

先ほど原則という言葉を使いましたが、これは無理して嫌いな物を口にすることによって
得られるメリットとデメリットを天秤にかけたときに、あなたにとってどちらが有益であ
るかということを考えたときです。

 

なので、ここを追求すると各々何を目的に生きてるからなどによってまったく変わってく
るはずです。

 

この記事ではこのようなときの付き合い方や考え方をまとめていきます。

 

あなたが店の人にどう思われたいのか?店の人とのあなたの関係性をどうしたいかによって変わってくる!

あまり思い悩まずサバサバした性格であれば好きな物は好き、嫌いな物は嫌いとハッキリ
相手に伝えることができると思います。

 

しかし、神経質で個々の強い固定観念があり尚且つ良心的な性格であれば、自分の嫌いな
物をサービス品で出されてしまうと戸惑う人が多いはずです。

というより所かまわず相手から好意が負担に感じるということもあると思います。

 

ただ、最終的に嫌いなサービス品を出されて食べるか食べないか決めるのはあなたです。

でも、これだと身も蓋もありませんね。
なので少し具体的なことを取り上げたいと思います。

 

あなたと店の人との関係性に於いて、これからもその店に通い続けてご贔屓にしたい
その店員のことが好きである、あなた自身サービス品に手を付けないことで相手に失
礼だと思わてしまうのがイヤだ…

 

いろんなことを考えて決めると思います。

 

人と人とのやり取りで感情などは複雑でなかなか難しいですが、
あなたにとって重要な要素を抜き出してお店の人との関係性を天秤にかけることです。

 

例えば

・この店員は好き
・常連でありたい

一方で

・好意で出されたサービス品の〇〇は嫌い
・無理すると後で体調が悪くなりそうだ

 

というのことを天秤にかけてみることです。

 

もちろんジレンマはつきまとうでしょう。断ったことであなた自身一時的に精神が病んで
しまうかも知れません。

 

じゃあその上でどうありたいかをあなたなりに感じて判断するのが重要です。

 

でも、最終的には断っても相手を持ち上げて感謝の意を伝えることで関係性が悪くなると
いうこともないでしょう。もし悪くなればそれぐらいの人という判断でいいです!!
それは、店員があなたに感謝をして欲しいという見返りを求めてるからです。

 

好意で出されるサービス品を断っても相手は相手あなたはあなた

あなたのためだけににわざわざ店の人や店員が好意で提供してくれたサービス品を断る
ことに、相手を無碍にしたような気になり悶々と気を病むかもしれませんが。

最終的には提供された物を食べようと、食べまいと関係ないのです!

 

好意とは言え相手もサービス業として働いているわけです。
もちろん「あぁ、ちょっと残念」と店員さんも思うかも知れません?!

 

しかし、飲食店で働いているともちろんいろんな人が客として訪れます。
その中にはクレーマーのような人もいるかも知れません。

 

あなたにサービス品を提供した日は、モンスターのようなわがままなお客さんばかりで
店員さんも少し疲れ気味で、あなたに何かサービスすることで喜んでもらいたいと思っ
たのかも知れません。

 

でも、この日に店員さんからするとあなたのためではなく自分の精神の安定のために
このようなサービスをしたかも知れないのです。

 

ところがその日はあなたに断られてそのサービスで自分のメンタルを上げるというこも
外れてしまったということになりますが、誰だってこのようなことはあるはずです。

 

そして、そうじゃない場合でもサービス業などでもお客さんの求めることと店側のする
サービスに不一致なんてことはあるものです。

 

というか、人間同士の付き合いなのですべて一緒ということはないです。
すり合わせをするために「アンケート用紙」などがあるのではないでしょうか?

 

ただ、断るにしても相手の好意に感謝を伝えた上で、ダイエット中だからとか、甘い物
が苦手だからなど…etc

 

もしいただけれるのならこちらを下さいとリクエストしてみるのも好みを相手にもわかって
もらえるので逆に相手に対してもいいかもしれません。

 

韓国料理の前菜の多さを見て学ぶ、食文化や民族の考え方の違いがあるのは当然だ!

韓国料理屋、私は日本の韓国料理屋にそれほど行かないのでわかりませんが、昔カナダの
トロントに行ったときのことです。

 

トロントにはコリアタウンと言われているところが多く?よく韓国料理屋を利用していました。

 

韓国人が経営していて、多くのお店で無料の前菜「ミッパンチャン」というのがたくさん出て
くるのです。

 

最初は何なんだと思っていましたが、韓国人の知り合いに韓国の食文化を聞き
「こういうものなのか。」と思っていました。

 

そしてこの「ミッパンチャン」はおかわりまで自由なようです。

 

また、おかわりしても少し食べ残すのが礼儀のようです。全部食べてしまうと提供する方から
すると「少なかったのかな?」という風に思うようです。

 

しかし、日本人としては出されて物は残さず食べなければというのが潜在意識に刷り込まれて
る人がほとんどでしょう。国が違えば文化や風習も違って当たり前なのです。

 

カレー屋で甘ったるい「マンゴーラッシー」をサービスされてしまって困った困った!

私は基本、炭水化物を抜く糖質制限の食生活をしています。しかし、ガチガチにストイックに
やっているわけではなくあくまでも緩めの糖質制限です。

 

なので、たまには麺やごはん、パン物も食べます。

 

そして、月に2度ほど行くインドネパールカレー屋(ネパール人?)があるのですが、顔見知り
になり、マンゴーラッシーをサービスされました。

 

ナンやライスをたまには食べると言っても、マンゴーラッシーのような甘ったるい液体はほぼ
飲みません。

 

液体なので糖の吸収が早く血糖値の上がり方は半端ないでしょう。
このような甘ったるい物も普段飲まないので私にとっては異物を
食するような感覚でした。

 

水で薄めながら少し飲み、ほとんど残しました。

 

そう!こういう気遣いはいらないということです。無理に少し飲んだせいかパン屋ご飯物を
食べたときより翌日の寝起きが悪いと感じました。

 

少し飲んだだけで体調に影響するように感じたので2回目は断りました。
ただ、丁寧に感謝の意を込めて断りました。

 

意思表示をしっかりしましたが特にイヤな顔もされずに、それまで通り月2回足を
運んでいます。

 

やはり、教育による潜在意識というのは怖いものです。
「給食は残さず食べましょう!」みたいなのが植え付けられているのです。

 

常に疑問に思い意思表示をすることが重要だと改めて感じた件でした。